大石八治とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 大石八治の意味・解説 

大石八治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/28 20:04 UTC 版)

大石 八治
おおいし はちじ
生年月日 1908年3月10日
出生地 静岡県榛原郡吉田町
没年月日 (1976-07-20) 1976年7月20日(68歳没)
出身校 横浜高等商業学校卒業
所属政党 自由民主党
称号 正四位
勲二等瑞宝章
子女 長男・大石千八(衆議院議員)
親族 孫・大石秀政(元衆議院議員)

選挙区 旧静岡1区
当選回数 3回
在任期間 1963年11月21日 - 1972年11月13日
テンプレートを表示

大石 八治(おおいし はちじ、1908年明治41年〉3月10日[1] - 1976年昭和51年〉7月20日[2])は、日本政治家衆議院議員(3期、自由民主党)。

経歴

1908年明治41年)静岡県榛原郡吉田町に生まれる[2]1926年大正15年)静岡県立榛原中学校を卒業。1929年昭和3年)横浜高等商業学校を卒業。1934年(昭和9年)日本共産党に資金提供していたとして治安維持法違反の疑いで逮捕[3]

1951年(昭和26年) 静岡県議会議員に初当選。4期務め、静岡県議会議長も歴任[2]1960年(昭和35年)第29回衆議院議員総選挙自由民主党から静岡1区へ立候補するも落選。

1963年(昭和38年)第30回衆議院議員総選挙静岡1区初当選。1967年(昭和42年)第31回衆議院議員総選挙1969年(昭和44年)第32回衆議院議員総選挙と再選。

1970年(昭和45年)第3次佐藤内閣自治政務次官に任命。1972年(昭和47年)第33回衆議院議員総選挙に出馬せずに政界を引退。後継は長男でNHKアナウンサー大石千八

自民党では政調地方行政部会長、同和対策特別委員会副委員長、静岡県連会長、民間では日本茶業中央会会長、日本種豚登録協会副会長、静岡県茶業会議所副会頭、静岡県スキー連盟会長を務めた[2]

1976年(昭和51年)7月20日死去、68歳。死没日をもって勲二等瑞宝章追贈、正四位に叙される[4]

家族

  • 長男 - 千八(衆議院議員。郵政大臣
  • 孫 - 秀政(元衆議院議員)

脚注

  1. ^ 『人事興信録 第25版 上』(人事興信所、1969年) お107頁
  2. ^ a b c d "大石 八治". 新訂 政治家人名事典 明治~昭和. コトバンクより2023年9月29日閲覧
  3. ^ 共産党シンパの人物『東京朝日新聞』昭和9年5月22日(『昭和ニュース事典第4巻 昭和8年-昭和9年』本編p544 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  4. ^ 『官報』第14866号7頁 昭和51年7月27日号

参考文献

  • 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』(衆議院、1990年)



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「大石八治」の関連用語

大石八治のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



大石八治のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの大石八治 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS