士官学校・予科士官学校とは? わかりやすく解説

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士官学校・予科士官学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/13 10:24 UTC 版)

陸軍士官学校 (日本)」の記事における「士官学校・予科士官学校」の解説

1937年に、陸軍士官学校本科陸軍士官学校改称され陸軍士官学校予科陸軍予科士官学校となる。同年8月陸軍士官学校座間移転し卒業式行幸した昭和天皇から相武台の名が与えられた。さらに同年10月1日航空兵科将校となすべき生徒及び学生教育を行うために、陸軍士官学校分校設置された。翌1938年12月同分校は陸軍航空士官学校として独立し1941年修武台の名が与えられる。航士では専門教育のため早期入校をさせ、原則として隊付勤務をしなかった。1941年には予士が朝霞移転し振武台の名が与えられた。 1938年陸士本科修業期間1年8ヶ月短縮され、更に1941年1年間短縮される1945年昭和20年6月に第58期生が卒業し少尉任官、これは陸士最後少尉任官期となる。陸軍士官学校閉校されるのに際して在校中の第59期生に特別に卒業資格与えられた。第60期生は、8月28日閣議決定により筆記試験無し文部省所管学校転入させる措置取られたが、当時一高はその指示逆らって転入試験実施した陸士全体では、予士在校中に終戦迎えた61期生が最後である。

※この「士官学校・予科士官学校」の解説は、「陸軍士官学校 (日本)」の解説の一部です。
「士官学校・予科士官学校」を含む「陸軍士官学校 (日本)」の記事については、「陸軍士官学校 (日本)」の概要を参照ください。

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