墜落事故による経営難
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/21 03:47 UTC 版)
「ファイン・エア」の記事における「墜落事故による経営難」の解説
詳細は「ファイン・エア101便墜落事故」を参照 しかし、IPOの翌日である1997年8月7日、マイアミ国際空港を離陸直後のファイン・エア101便(ダグラスDC-8-61F、N27UA、元日本航空JA8058)が操縦不能に陥り墜落し、乗員3人と搭乗していた警備員、地上の1人を含む計5人が死亡した。調査により、事故原因は直前に機材変更を行ったことを考慮せずに貨物の積込を行った結果、重心が後方に寄り、機体はピッチ角を制御できなくなり失速、墜落したものとされた。 101便は滑走路の北側にあるマイアミ・シティ・レールヤードの南にある建物の上空を通過していた。また、混雑したNW25番道路も通過していたが、信号が赤だったために走行中の車両が巻き込まれることはなかった。101便の飛行経路には2つの工場と商業施設、マイアミ・スプリングスなどの人口密集地があったが、いずれにも被害はなかった。 事故から45分ほどは、墜落した飛行機は民間機であると思われていたが後にファイン・エアの貨物便であると確認された。FAAの責任者がファイン・エアの事務所から101便についての飛行記録を回収したが、一部がゴミ箱から発見され隠蔽の疑いが生じた。最終的に、隠蔽工作の罪で有罪判決を受け、約500万ドルの罰金が課せられた。 ファイン・エアは墜落の翌日にIPOを取り消し、全額を投資家たちに返金した。9月5日には、自ら運航を停止し、1997年10月に運航再開の承認を受けた。
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