在来型CICの限界
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/12 07:20 UTC 版)
「海軍戦術情報システム」の記事における「在来型CICの限界」の解説
第二次世界大戦後、レーダーに関する最大の問題は、あまりに多くの目標を探知できてしまうということであり、これは1960年代に入っても未解決のままであった。1948年にイギリス海軍が行ったシミュレーションでは、戦闘情報センター(CIC)に熟練のオペレーターを配して統合的に情報を処理した場合でも、同時に処理できる目標はせいぜい12機程度が限界で、20機の目標に対しては完全に破綻してしまうという結果に終わっていた。またその2年後、ジェット機を用いてアメリカ海軍が行った演習では、攻撃機の.mw-parser-output .frac{white-space:nowrap}.mw-parser-output .frac .num,.mw-parser-output .frac .den{font-size:80%;line-height:0;vertical-align:super}.mw-parser-output .frac .den{vertical-align:sub}.mw-parser-output .sr-only{border:0;clip:rect(0,0,0,0);height:1px;margin:-1px;overflow:hidden;padding:0;position:absolute;width:1px}1⁄4が状況図から漏れてしまった上に、状況図に記入された攻撃機のうち要撃機が指向されたのは3⁄4に過ぎず、高速で襲来するジェット攻撃機に対して従来の手法では対処困難であることが確認された。 アメリカ海軍電子工学研究所 (NEL) では、1949年に着任したマクナリー少佐を中心として、情報処理の自動化についての研究に着手した。また1950年代初頭からはアメリカ陸軍・空軍も同様の研究を行っており、1953年には、空軍とリンカーン研究所によって開発された半自動式防空管制組織(SAGE)の試作機が試験を終えていた。またこの過程で、他軍種でもこのようなシステムへのニーズが大きいことが認識されたことから、その研究のため、イリノイ大学制御システム研究所に対してコーンフィールド計画が発注された。この研究では、海軍については巡洋艦規模の情報処理専用艦を建造して防空中枢とすることを提言していたが、海軍では、もしこの艦を失った場合の防空能力の低下が著しいことを問題視して、この提言を棄却した。
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