国鉄車両関係色見本帳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/10 10:22 UTC 版)
1950年代前半までは、必要の都度塗料メーカーが塗料見本板を作成し、国鉄工作局の承認を得た上で車両工場・メーカーへと配布していた。使用している色数が少なかった頃はこれで問題なかったが、1950年代には多くの色が車両に使用されるようになってきた。このため国鉄では、1953年に、車両色彩の基本的な指針を決定するべく、日本鉄道技術協会に車両の色彩調節の研究を委託した。また、この時代からマンセル記号により色を表現するようになった。 1956年に、国鉄車両に使われる塗装の色をまとめた見本帳として作成されたのが「国鉄車両関係色見本帳」である。当初は車内の色のみマンセル記号が併記されていたが、1959年に作成された第2版では、全ての色にマンセル記号が併記されることになった。また、この見本帳に掲載された色は、「何色何号」と呼ばれるようになった。この色見本帳に掲載された色は、国鉄制定色と呼ばれている。 この見本帳は、印刷ではなく実際の塗料を使った見本であり、またマンセル記号も記載されているため、塗装の時期や工場ごとに色合いが異なる状態はなくなり、国鉄のどの工場でもほぼ同じような色で塗装できることになった。後の車両塗装の標準化にも貢献したといえる。
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