国会での用例
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 00:42 UTC 版)
日本の国会においては、第1回 (1947年) 以降、「起承転結」の語を最初に用いたのは、第16回 (1953年) 6月30日の衆議院文部委員会における世耕弘一の質問である。世耕の発言は、起承転結の本来の意味、すなわち漢詩の構成という意味に基づいて、かつての教育勅語の詩吟としての芸術性を主張するものであった。世耕はまず、起承転結の語を紹介することから始めている。 詩に起承転結という法則がございます。詩吟するときにその転の部分を一きわ声を張り上げるようになつております。教育勅語にも芸術性がございまして、君に忠に親に孝にと、まことに朗吟に適し、…… — 世耕弘一、第16回国会・衆議院文部委員会5号、1953年6月30日。 これ以降、「起承転結」の語が国会において用いられることは17年間にわたって無く、1970年代に入り、突然、「文章や物事の構成」という意味での転用が3例 、1980年代には8例現れる。国会において最初にそのような転用を行ったのは、外務大臣 (当時) の愛知揆一である。1970年3月31日に発生した赤軍派のよど号ハイジャック事件の時期と重なったため、ソビエト連邦との外交交渉の顛末(てんまつ)が不明瞭となったことを、愛知は同年4月14日に述べている。 ただいまもお話がございましたように、これはハイジャック事件の突発によりましてこの問題の起承転結が少しぼやけている傾きがございます。政府とこの問題についてのソ連側との交渉、それからその終末でございますけれども、……これが終結するに至りますまでの正式の交渉のてんまつでございます。 — 愛知揆一・外務大臣 (当時)、第63回国会・参議院外務委員会7号、1970年4月14日。 1970年代の国会における他の用例としては、上田哲による1973年の第71回国会・参議院内閣委員会での発言、および丸谷金保による1979年の第87回国会・参議院農林水産委員会での発言がある。
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