吉野寿雄の略歴
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/03 09:09 UTC 版)
「吉野 (ゲイバー)」の記事における「吉野寿雄の略歴」の解説
1930年(昭和5年)東京・両国生まれ。 小学校の頃、男らしさを求められることに違和感を覚える。高等科を卒業する(今の中学2年生)直前、東京大空襲に遭う。何度も焼け出され、転々としたが、幸い家族は無事で練馬の江古田で終戦を迎えた。 17歳で銀座のダンスホール「美松」でボーイとして働き出すが、"おしまママ”こと島田正雄にスカウトされ、島田が新橋の烏森神社境内で始めた日本初のゲイバー「やなぎ」に移る。やなぎには江戸川乱歩、ミヤコ蝶々、アラン・ドロン、ピエール・カルダン、イブ・サンローランなどの著名人も訪れた。 美松で働く合間に出入りしていた数寄屋通りの喫茶店兼倶楽部「ブランシック」で三島由紀夫と知り合う。三島の小説『禁色』の中で、自分ほどの美少年はいないと思っている“オアシスの君ちゃん”のモデルは吉野である。ブランシックではボーイとして働く美輪明宏とも出会った。 31歳で独立し、銀座に「ボンヌール」を開店。64年の東京オリンピック開幕間際、六本木に「吉野」を開店するが、六本木ヒルズの開発に伴う立ち退きを機に、02年閉店した。 2020年(令和2年) 7月に公開のはるな愛による映画初監督作品『mama』では、主演を務めた。
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