別集(貶雲南伝)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/23 00:23 UTC 版)
1.漢王収得成都府 1年後、劉備は関羽を荊州並肩王、張飛を閬州一字王に任命する。関羽は劉備の反対を押し切って、一族を率いて荊州に駐屯した。 2.関索共劉封出外 劉備の義子劉封が荊州を訪れ、宴席で花関索と口論したことを劉備が憤り、花関索を雲南へ劉封を陰山へともに流罪とする。呂蒙が孫権の娘と関家の縁談を持ちかけるが、関羽がこれを断り、激怒した孫権が呂蒙・陸遜を率いて荊州に攻めてきた。 3.関公戦陸遜、4.関公陥荊州 関羽は陸遜と対戦して敗れ、劉備へ13回も援軍を要請。しかし使者はすべて劉封に阻止され、握りつぶされる。最後に関平が使者となるが、糜竺・糜芳の裏切りにより荊州は陥落してしまう。 5.劉王得夢見関張 関羽と周倉は玉泉山へ逃げる。食糧が無いため周倉は自分の股の肉を割いて関羽に与えて死亡。赤兎馬も関羽の青龍刀を引いて水中に飛び込み、その直後関羽も死亡する。張飛も部下に殺され、二人の霊魂は劉備の夢に現れて無念の思いを告げる。劉備がその夢を孔明に話している時に関平と張益が現れ、父の死を告げた。 6.劉王詔関索回朝、7.先生救関索病、8.関索引兵征呉 劉備は皇位を譲ると称して劉封を呼び寄せ、釘を打った鼓の中に入れて坂から落として殺害。姜維を雲南に派遣して花関索を召還する。花関索は重病だったため姜維は関羽の死を知らせず、良医を求めたが、突如現れた花岳先生の薬で花関索は平癒した。そこで姜維が父の死を伝え、復讐を促すと、花関索は成都で劉備に謁見した後、全軍を率いて呉へ進軍した。 9.関索戦顔昭、10.曽霄敗関索、11.関志入水取刀、12.関索殺鉄旗曽霄、13.関索殺将祭父 花関索が陸遜・顔昭を破ると、孫権は呉で一番の強者である鉄旗曽霄を召還。花関索は曽霄と戦って黄龍槍をおられ敗退し、関平・張益が戦死した。花関索は冥界の父の助言と関志の活躍により、玉泉山の刀を得て曽霄と再戦、これを破ると呂蒙も捕えて荊州城を奪回。玉泉山で糜竺・糜芳を殺して父を祭り、成都に凱旋すると、呂蒙・陸遜も殺して関羽と張飛の霊を弔った。 14.先主帰天関索死 劉備が関羽・張飛を思うあまり死去すると、孔明は修行のために臥龍山へ帰ってしまう。花関索も落胆し、やがて病を得て死去。三人の妻や部下たちは古巣へ戻った。
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