再構築計画
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/03 03:14 UTC 版)
「佐久医療センター」を参照 病院開設以来60年を越え、たて増し改修を繰り返した本院の設備は老朽化し築40年を越えるものもあり、狭い6人病室、駐車場の不足、医療設備など昨今の医療ニーズに応えるには不十分であり再構築が計画されてきた。昨今の厳しい医療情勢の中、佐久病院においても、住民の医療への要求の増大、医療訴訟などにともなういわゆる医療崩壊とは無縁ではなく、近隣の医療機関の医師不足もあり上小地区(上田市、東御市、小県郡)からも高度医療・救急医療をもとめて佐久病院へ患者が集中してきているが、老朽化した現在の施設で地域の医療ニーズに応えることは難しい。増大し続ける負荷と先の見えない現状に疲れた中堅クラスの医師の離職は佐久総合病院においてもみられ、医療の存続自体が危機的な状況にある。現在の病院機能を維持しながら現地(佐久市臼田地区)で再構築を行うのは困難であり、佐久市北中込の市街地に隣接した土地に用地を確保し(ツガミ所有の工業用地)、高度医療、先端医療を担う東信地区の基幹高度医療センターを新築。臼田地区には日常の健康管理やリハビリ、精神医療、福祉と一体化した医療を担う地域密着型の地域医療センターとして改築する基本方針が打ち出された。しかし移転先の近くに市民病院(佐久市立国保浅間総合病院)を抱え、工業用地を転換しての病院建築はみとめられないとする立場の佐久市長との対立もあり計画は難航していた。地域懇談会などを開催し署名運動をおこない地域住民や他の医療機関の理解を求めてきたが、2009年2月にようやく佐久市側と和解し再構築の計画は一歩前進した。2014年3月1日に佐久医療センターとして開院した。臼田の本院でも老朽化した病棟の解体や施設増築が進められている。
※この「再構築計画」の解説は、「佐久総合病院」の解説の一部です。
「再構築計画」を含む「佐久総合病院」の記事については、「佐久総合病院」の概要を参照ください。
- 再構築計画のページへのリンク