公理的集合論におけるクラス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/02 02:43 UTC 版)
「クラス (集合論)」の記事における「公理的集合論におけるクラス」の解説
ZFではクラスの概念を定式化することはできないので、クラスはメタ言語による同値な言明で置き換えることで扱うことになる。例えば、 A {\displaystyle {\mathcal {A}}} をZFを解釈する構造として、メタ言語での表現 { x ∣ x = x } {\displaystyle \{x\mid x=x\}} の A {\displaystyle {\mathcal {A}}} における解釈は、 A {\displaystyle {\mathcal {A}}} の議論領域に属する要素全ての集まり(つまり、 A {\displaystyle {\mathcal {A}}} における集合すべての集まり)である。ゆえに、「全ての集合の成すクラス」を述語 x = xと(あるいはそれに同値な述語と)同一視することができる。 ZF集合論ではクラスを形式的に扱うことができないので、ZF の公理系をそのままクラスに関する言明に適用することはできない。しかし、到達不能基数 κ の存在を仮定すれば「それよりランクの小さな集合全体」は ZF のモデル(グロタンディーク宇宙)になり、その部分集合を「クラス」として考えることができる。 別な方法として、ノイマン-ベルナイス-ゲーデルの公理系 (NBG) を例に挙げよう。この理論ではクラスは基本的な対象であり、集合は別のクラスの要素であるクラスとして定義される。しかしながら、NBGにおける集合の存在公理は、クラスの上を亘るのではなく、集合の上を亘る量化のみに制限されている。これにより、NBG は ZF の保存拡大となる。 モース-ケリー集合論 (MK) は(NBG のように)真クラスを基礎的な対象として認めるものだが、集合の存在公理の中で全ての真クラスを走る量化をも許す。これにより、MKはZFやNBGより真に強い。 新基礎集合論 (NF) や半集合の理論のようなほかの集合論でも、「真の類」の概念は意味を成す(必ずしも全ての類は集合でない)が、集合性 (sethood) の判定規準が部分集合を作る操作の下で閉じていない。例えば、普遍集合を備える任意の集合論は集合の部分類となるような真の類を持つ。
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