八女福島の燈篭人形
名称: | 八女福島の燈篭人形 |
ふりがな: | やめふくしまのとうろうにんぎょう |
種別1: | 民俗芸能 |
保護団体名: | 文化財福島燈篭人形保存会 |
指定年月日: | 1977.05.17(昭和52.05.17) |
都道府県(列記): | 福岡県 |
市区町村(列記): | 八女市 |
代表都道府県: | 福岡県 |
備考: | |
解説文: | 八幡宮の放生会【ほうじようえ】に、境内に屋台(舞台)を組立てて奉納される独特のからくり人形芝居である。 これは放生会に奉献された作りもの灯籠に端を発するといわれるが、大阪豊竹座の浄瑠璃筆頭作者であった松延甚左衛門、からくり人形史上著名なからくり儀右衛門などが関係して、今日見るような精巧で他に見られない独特の奏法による人形芝居になったものと思われる。(「玉藻之前」「吉野山狐忠信初音段」「薩摩隼人国若丸厳島神社詣之図」ほか上演) からくり人形が最も技巧化し、盛行をみた江戸時代のおもかげをよくとどめるとともに、下遣いのほかに、左右楽屋から突き棒を使っての横遣いの操法があり、またそれが組立屋台で行われる点など全国的に唯一といってよい特色を示している。 |
渡来芸・舞台芸: | 与論の十五夜踊 佐伯灯籠 佐渡の人形芝居 八女福島の燈篭人形 八幡古表神社の傀儡子の舞と相撲 古要神社の傀儡子の舞と相撲 壬生狂言 |
八女福島の燈篭人形
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/01 06:15 UTC 版)
八女福島の燈篭人形(やめふくしまのとうろうにんぎょう)[1]は毎年秋(秋分の日前後の3日間[2])に福岡県八女市で上演されるからくり人形芝居である。江戸中期延享元年(1744年)より、同市本町にある八幡宮(福島八幡宮)の放生会の際、奉納上演される。1977年5月17日に国の重要無形民俗文化財として、福岡県内で最初に指定された。元々は福島本町を構成する各町ごとにそれぞれ屋台を出し奉納をしていたが、人材不足等の諸事情があり現在は八女福島燈篭人形保存会を組織して、一つの屋台で公演を行っている。2020年、2021年は新型コロナ感染症の影響により公演を中止した[2]。
概要
八幡宮の境内に3層2階建ての仮設の屋台を設置して上演される。現在、高さ8m巾14m奥行6mの屋台2基が伝承されており、演目によって使い分けられる。屋台の1階(2層目)が舞台であり、2階(3層目)は三味線等の演奏場所になっている。舞台の下(1層目)から操作される下遣い人形と、現在国内でここでしか見られない舞台横から操作される横遣い人形があり、操作する人間の姿を観客に見せない。[4]。横遣いの人形は主に舞台後方の橋の上で演技する。横遣いの人形のうち押し棒で操作される人形による橋渡り等を特徴とする。からくり人形以外に動かない飾り人形が置かれ、戦前は博多人形師(小島人形団)たちによって人形制作がなされた時期もある。また、舞台前方の左右に後見役と呼ばれる幼児が座る。八幡宮は柳川藩の支城で1620年に廃城となった旧福島城の辰巳櫓跡に建立され、江戸後期 境内の土塁を引き伸ばし、屋台はこの土塁と参道をはさんだ位置に設置されるようになった。土塁の斜面には丸石が置かれており、この斜面および土塁の上面と参道が観客席として使われる。
演目
2011年現在下記の4つの演目が伝承され、毎年演目を変えて順次公演されている。
- 「薩摩隼人国若丸厳島神社詣(さつまはやとくにわかまるいつくしまじんじゃもうで)」(2011年)(小型屋台)
- 「吉野山狐忠信初音之鼓(よしのやまきつねただのぶはつねのつづみ)」(2010年)(小型屋台)
- 「玉藻之前(たまものまえ)」(2009年)(大型屋台)
- 「春景色筑紫潟名島詣(はるげしきつくしがたなじまもうで)」(2008年,2022年[2])(大型屋台)
交通アクセス
福島八幡宮までのアクセス手段を記す。
脚注
参考資料
- 「八女福島灯篭人形」しおり 八女福島灯篭人形保存会(毎年)発行
- 「燈籠人形夜話」杉山洋著、八女・本町筋を愛する会発行、2008年9月増補訂正版
- 「旧八女郡福島町中宮野町資料」 許斐本家所蔵
外部リンク
- 八女福島の燈籠人形【八女市公式ホームページ】(2010年12月閲覧)
- 八女福島の燈篭人形(福岡インターネットテレビ) (2010年12月閲覧)2008年取材の動画、舞台裏なども見られる。
- 八女福島の燈篭人形 - 国指定文化財等データベース(文化庁)
- ダイドードリンコ日本の祭りドットコム(2013年)
座標: 北緯33度12分43.24秒 東経130度33分44.51秒 / 北緯33.2120111度 東経130.5623639度
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