以前HC期
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 11:02 UTC 版)
「バスケットボール男子日本代表」の記事における「以前HC期」の解説
日本代表チームとしての初の国際大会出場は、1917年に東京で開催された第3回極東選手権競技大会で、この時の日本代表は京都YMCAによる単一チームであった。 1936年、バスケットボールがオリンピック正式種目となったベルリン大会でオリンピックに初出場。トーナメント方式の大会で1回戦で中国、2回戦でポーランドに勝利して3回戦まで進出した。戦後は1956年メルボルン大会に出場して以降、1968年メキシコシティ大会を除き毎回出場。バスケットボール世界選手権にも1963年大会で初出場、続く1967年大会にも連続出場するなど世界大会の常連であった。アジア選手権でも1965年大会と1971年大会に優勝するなどアジアの上位であったが、その後は国際大会に復帰した中国の台頭などもあり、1976年モントリオールオリンピック出場を最後に世界規模の大会への出場から遠ざかっていった。 1997年、長谷川誠ら1995年福岡ユニバーシアード準優勝メンバー6人を擁してアジア選手権で7大会ぶりの準優勝を達成し、翌1998年世界選手権に31年ぶりに出場。1次リーグは3連敗したが、順位決定戦でセネガルに勝利した。福岡で開催された1999年アジア選手権は2次リーグ敗退で、2000年シドニーオリンピック出場はならなかった。
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