井口 武夫 (いぐち たけお、1930年 〈昭和 5年〉6月24日 [ 1] - 2024年 〈令和 6年〉10月31日 )は、日本 の外交官 。尚美学園大学 名誉教授。専攻は外交史、国際海洋法 [ 2] 。位階勲等は従三位 勲二等 [ 3] [ 4] 。父は元外交官の井口貞夫 。
来歴・人物
中国 の上海 に生まれる。1953年(昭和 28年)、東京大学法学部 卒業後、外務省 に入省した。オックスフォード大学 より修士 号を取得している。以後外交官として、国際連合 の参事官 を務めたほか、下記の大使を歴任した。
1993年(平成 5年)に退官。退官後は東海大学 教授、尚美学園大学 教授を務め、尚美学園大学名誉教授となる。
2000年(平成12年)秋の叙勲で、勲二等瑞宝章 を受章した[ 4] 。
著作『開戦神話 対米通告を遅らせたのは誰か』で、宣戦通告遅延問題 について、ワシントンD.C. の在アメリカ合衆国日本国大使館 に落ち度はなく、通告の遅れは全て本省と軍部が責任を負うべきものであったとの主張を行なっている。
2024年 (令和 6年)10月31日 、死去した[ 3] 。94歳没。死没日付をもって従三位 に叙された[ 3] 。
同期
著書
脚注
^ 『人事興信録 第25版 上』人事興信所、1969年、い10頁。
^ 開戦神話 対米通告を遅らせたのは誰か - HMV BOOKS(著者紹介欄を参照)
^ a b c d 『官報』第1363号7頁 令和6年12月9日
^ a b c 「秋の叙勲受章者 勲三等以上と海外関係者」『朝日新聞』2000年11月3日、朝刊、31面。
^ 『官報』号外第226号 平成12年11月6日
参考文献
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『日本紳士録』第69版 交詢社 、1986年、[要ページ番号 ]
全権公使
開設1953
島静一1953-1956臨時代理公使
武野義治 1956臨時代理公使
島津久大 1956-1958
昇格1958
全権大使
カテゴリ
全権大使(ウェリントン 駐在)
在ニュージーランド大使が兼轄
光藤俊雄1972-1974
田中秀穂 1974-1977
影井梅夫 1977-1979
小山田隆 1979-1982
秋山光路 1982-1985
大森誠一1985-1988
大塚博比古1988-1991
井口武夫 1991-1993
谷口禎一 1993-1996
遠藤哲也1996-1998
川島純1998-2001
松本紘一2001-2003
齋藤正樹 2003-2007
高橋利弘 2007-2010
三田村秀人 2010-2012
野川保晶 2012-2015
髙田稔久 2015-2017(在ニュージーランド大使としては引き続き2018年まで駐箚)
全権大使(アピア 駐在)
カテゴリ
特命全権大使(サントドミンゴ駐在)
在ドミニカ共和国大使が兼轄1964-1995
小沢武夫 1964-1966
前田憲作1966-1969
滝川正久1969-1972
長崎弘1973-1975
伊藤正雄1975-1978
前田正裕1978-1984
井口武夫 1984-1986
榎本助太郎 1986-1989
角田勝彦 1989-1993
石垣泰司 1993-1995
名誉領事(キングストン駐在)
臨時代理大使(キングストン駐在)
臨時代理大使が常駐1975-1995
N/A
野口辰夫
川岸登-1991
清水道夫1991-
船越博
特命全権大使(キングストン駐在)
開設1995
大久保基1995-1997
松本俊1997-2001
大塚功 2001-2003
櫻井寛2003-2006
小畑正比呂2006-2009
山口祐志2009-2012
髙瀬康夫 2012-2015
中野正則2015-2017
山崎啓正2017-2020
藤原聖也 2020-2022
渥美恭弘 2022-
カテゴリ
在ボストン日本総領事 (1980年 - 1983年)
名誉総領事
ラッセル・スターギス・コッドマン・ジュニア(英語版 )
総領事