世俗法との関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/22 06:47 UTC 版)
かつてムスリムの間ではシャリーアは人間ではなく神が定めた絶対の掟であり、人間としての正しい生き方を具体的に示すものと広く見なされた。したがって現在でも非世俗的ムスリムの間ではシャリーアは全てのムスリムが守るべき普遍的規範であり、その意味でシャリーアへの服従はイスラームへの信仰と同義であるという主張が強い。しかし今日においてはトルコを含む東欧、そしてその他の地域の移民ムスリムを中心にシャリーアの人権侵害性などを批判し、世俗法を擁護する者も少なくない。 近代以前のイスラム世界では建前としてはシャリーアが法体系の根幹とされたが、現実には支配者の定めた世俗法(カーヌーン)や地方的慣習(アーダ、またはウルフ。例としてはアフガニスタンのパシュトゥーン人たちの間で用いられるパシュトゥーンワーリ即ちパシュトゥーン掟など)も広く併用されていた。近代に入ると西洋法系の流入によりシャリーアの運用範囲が狭められ、その権威は一時期大きく低下した。 現在イスラム圏でもアルバニアやトルコなどではローマ法起源の法律を採用し、シャリーアは廃止された。他のイスラム圏でもレバノン、シリアなど世俗主義国家では家族法などの一部に名残を留めているだけである。 しかしサウジアラビア、イラン、アフガニスタンを初めとする国ではシャリーア、若しくはシャリーアの強い影響下にある法律・憲法による統治が行われている。また、エジプトなどのように政治・法制で一定程度の世俗化が進んでいるが、シャリーアを憲法で主要法源とするなど、イスラム国家的な側面をも保持している中間的な国家も少なくない。
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