ルンビニでの釈迦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/22 04:03 UTC 版)
仏典[要出典]に伝えられるところによれば、釈迦のこの世への現れは以下のようであったとされる。釈迦は、母親の摩耶夫人(まやぶにん マーヤー)がお産のために実家へ里帰りする途中にルンビニ(藍毘尼) の花園で休んでいた時に夫人の脇の下より姿を現し誕生した。釈迦はこの世へ出てすぐに七歩歩いて右手で天空を指し左手で大地を指して「天上天下唯我独尊」と声を出したと言う。生後一週間で生母は亡くなり、母の妹、摩訶波闍波提(まかはじゃはだい、マハープラジャパティー )により釈迦は養育されたという。 ルンビニの地名は多くの文献に記載され実在していた事は確認されたが、具体的な位置は長く忘れ去られており。ブッタを伝説上の人物とする可能性も語られていたが、1896年にインド考古局のアーロイス・アントン・フィーラーの発掘調査により、ブッタ生誕の地を証明する遺跡が数多く発見された。 まず、仏舎利塔から黄金の舎利容器から人骨が発見された。さらにマウリヤ朝第三代王で仏典にも仏教の庇護者としてしばしば名前の記載されるアショーカ王が「ブッタがこの地で生誕したのでルンビニ村の租税を軽減する。」と刻ませた石柱が発見された。この地がルンビニであり、釈迦が史実の人物であったことが証明された。
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