ユリウス一世の暗殺
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/10 01:18 UTC 版)
「銀河英雄伝説の戦役」の記事における「ユリウス一世の暗殺」の解説
帝国暦144年、ゴールデンバウム王朝初の皇帝暗殺が起きた。 当時の皇帝ユリウスは将来を嘱望されていた息子フランツ・オットー即位までの中継ぎとして老齢に達してから即位した無能な好色漢であったが、意外に身体頑健であり長寿を保った。そのため彼の治世のうちにフランツ・オットーと孫が先に死亡し、曾孫のカールが帝位後継者となる。カールはあと数年で帝位を継げると見込まれたが、なぜかその「あと数年」を待つことなく宮女を抱き込んで食事中の皇帝のワインに一服盛り、皇帝を毒殺するに至った。小説版では、特に神秘主義的な思考を持つ人物でもなかったが、彼が物心がついたとき既に老人であった皇帝は今もなお老人であり、老人のまま生き続けるのではないのか、という強迫観念に捕らわれてしまった事が示唆されている。 事件後、カールはこの宮女を「皇帝が亡くなった際に適切な処置をとらなかった」として(食事に同席していた他の4人の宮女共々)殉死させて口封じをした。だが、宮女は近衛隊員であった兄への形見の腕輪の内張りに、真相を口紅で書き残していた。兄は妹の仇討ちをすべく、帝位第二継承者であるカールのいとこブローネ候ジギスムントに、証拠の腕輪を差し出した。ライバルを蹴落とす最大のチャンスを得たジギスムントは極秘裏の宮廷内工作を行い、カールを追い落として新皇帝ジギスムント二世となった。カールは精神病院に幽閉されたまま「痴愚帝」ジギスムント二世が失脚したのちも生き続け、曽祖父(95歳)よりも長生きし、97歳で亡くなった。既に皇帝は6代も交代した12代目オットー・ハインツ一世の時代であり、宮廷内にカールの名を覚えている者は存在しなかったという。 以後、カールの名が付けられたゴールデンバウム家の男子が帝位につくことはついに無かった。これらの事実は当然公表される事はなかったが、ゴールデンバウム王朝が滅んだのちに皇帝ラインハルトの指示で行われた歴史研究で解明された。
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