モスクワの事前の動き
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/15 18:11 UTC 版)
「キューバ危機」の記事における「モスクワの事前の動き」の解説
一方ソ連では、モスクワ時間の22日朝から動きがにわかに慌ただしくなった。ケネディが夜遅くにテレビ演説を行うという情報が入って、ソ連軍参謀本部情報総局(GRU)がアメリカ軍の行動がきわめて異常だと報告し始め、国家保安委員会(KGB)はワシントンで何か重大なことが起きようとしているとの気配を察知していた。フルシチョフは共産党中央委員会幹部会を緊急招集した。 フルシチョフはキューバのミサイルが発見されたことをケネディが公表するのだと確信し、マリノフスキー国防相はアメリカがすぐに行動に出ることはないとした。しかし幹部会のメンバーは海上封鎖を宣言して何もしてこないと予測する方よりも、遅くとも数日以内にカリブ海で戦争が起こる可能性が高いとみる方が多かった。この時点でフルシチョフは「最終的には大戦争になるかも知れない」と思った。そしてキューバ駐留ソビエト軍総司令官ブリーエフに出す指示の内容についての議論が始まった。全面的な警戒態勢を取り、如何なる場合も核兵器は政府の明示的な許可がないと使用してはならない旨を伝達することが決まった。しかし包囲された中での防御戦では戦術核兵器を使用しなければ防御は絶望的だとの思いが強まり、もしモスクワからの通信が遮断された場合はブリーエフ司令官に許可することもいったんは決定したが、この部分は事態の進展を待ってということで留保された。マリノフスキーは情報が傍受されて核兵器使用の権限を現地司令官に移譲するなどとアメリカが知ったら、逆に先制攻撃の口実を与えることになることを憂慮したのであった。
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