メガン・ショーネシーとは? わかりやすく解説

メガン・ショーネシー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/25 19:31 UTC 版)

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メガン・ショーネシー
Meghann Shaughnessy
メガン・ショーネシー
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地 同・バージニア州リッチモンド
生年月日 (1979-04-13) 1979年4月13日(39歳)
身長 180cm
体重 61kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1996年
引退年 2011年
ツアー通算 23勝
シングルス 6勝
ダブルス 17勝
生涯通算成績 693勝528敗
シングルス 378勝343敗
ダブルス 315勝185敗
生涯獲得賞金 $3,975,223
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト8(2003)
全仏 4回戦(2001)
全英 4回戦(2001)
全米 4回戦(2003)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 ベスト4(2006)
全仏 ベスト4(2005)
全英 ベスト8(2004-06)
全米 ベスト8(2002・07・10)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全豪 ベスト4(2001)
全仏 ベスト8(2007)
全英 ベスト8(2007)
全米 準優勝(2007)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 11位(2001年9月10日)
ダブルス 4位(2005年3月21日)

メガン・ショーネシー(Meghann Shaughnessy、1979年4月13日 - )は、アメリカバージニア州リッチモンド出身の女子プロテニス選手。

2007年全米オープン混合ダブルスで、インドリーンダー・パエスと組んで準優勝した。WTAツアーでシングルス6勝、ダブルス17勝を挙げた。自己最高ランキングはシングルス11位、ダブルス4位。フォアハンド・ストローク、バックハンド・ストロークとも両手打ちの選手で、強力なサービスを最大の武器にした。

来歴

1996年4月にプロ入り。ジュニア選手のトーナメントでは、1996年全仏オープンのジュニア女子シングルスでアメリ・モレスモフランス)に敗れた準優勝がある。2000年から急成長を始め、年初のニュージーランドオークランド大会でベスト4に入ると、4月にはフロリダ州のウェストパームビーチ、サラソータで行われたツアー下部のサーキット2大会で優勝。同年10月にはチャイナ・オープン決勝でイロダ・ツルヤガノワウズベキスタン)を7-6(2),7-5のストレートで下しツアー初優勝。これらの活躍から前年シーズン終了時に97位だったシングルスランクがシーズン終了時には39位にまで大幅に上昇した。

2001年は更なる飛躍の年となり、全仏オープンウィンブルドンで4回戦に進出。9月にカナダケベックシティ大会の決勝でイバ・マヨリクロアチア)を破ってツアー2勝目を挙げた。この年は他にも2月のアリゾナ州スコッツデール大会、4月のドイツハンブルク大会でも準優勝の成績を収めるなどの活躍により、初めて世界ランキング20位以内に入った。また女子テニス国別対抗戦・フェドカップのアメリカ代表選手としても2002年2003年の2年間務めている。

2005年

2003年1月、ショーネシーはオーストラリアキャンベラの大会でツアー3勝目を挙げ、直後の全豪オープン4大大会の自己最高成績を出し、ベスト8に進出した。その準々決勝では第1シードのセリーナ・ウィリアムズに 2-6, 2-6 で敗れた。この年は全仏オープン3回戦で杉山愛日本に敗れ、全米オープン4回戦ではキム・クライシュテルスベルギー)に敗れている。

メガン・ショーネシーのテニス経歴は、シングルスでは2003年がベスト・シーズンであったが、2004年からダブルスに活路を見出し、ナディア・ペトロワロシア)とペアを組んでダブルス年間7勝を挙げた。その中には、女子テニス年間最終戦・WTAツアー選手権のタイトルも含まれている。2006年度もダブルスで2勝を記録した。

2007年全米オープン混合ダブルス部門で、ショーネシーはリーンダー・パエスインド)と組み、初めて4大大会決勝戦の舞台を踏んだ。この決勝戦ではベラルーシペアのマックス・ミルヌイ&ビクトリア・アザレンカ組に 4-6, 6-7 で敗れて準優勝になった。2008年からは左膝の故障に悩み試合出場が散発的になり、2010年からはダブルスに専念して出場していたが、2011年ウィンブルドン選手権を最後に公式試合から遠ざかっている。

WTAツアー決勝進出結果

シングルス: 10回 (6勝4敗)

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 2000年10月22日 上海 ハード イロダ・ツルヤガノワ 7–6(2), 7–5
準優勝 1. 2001年2月26日 スコッツデール ハード リンゼイ・ダベンポート 2–6, 3–6
準優勝 2. 2001年4月30日 ハンブルク クレー ビーナス・ウィリアムズ 3–6, 0–6
優勝 2. 2001年9月23日 ケベックシティ ハード (室内) イバ・マヨリ 6–1, 6–3
準優勝 3. 2002年1月13日 シドニー ハード マルチナ・ヒンギス 2–6, 3–6
優勝 3. 2003年1月12日 キャンベラ ハード フランチェスカ・スキアボーネ 6–1, 6–1
準優勝 4. 2005年2月19日 メンフィス ハード (室内) ベラ・ズボナレワ 6–7(3), 2–6
優勝 4. 2006年5月21日 ラバト クレー マルチナ・スーハ 6–2, 3–6, 6–3
優勝 5. 2006年8月26日 フォレストヒルズ ハード アンナ・スマシュノワ 1–6, 6–0, 6–4
優勝 6. 2007年6月26日 バルセロナ クレー エディナ・ガロビッツ 6–3, 6–2

ダブルス: 33回 (17勝16敗)

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 1999年4月26日 ボル クレー アンドレア・ヴァンク エレナ・コスタニッチ
ミハエラ・パスティコバ
5–7, 7-6(1), 2-6
準優勝 2. 1999年5月16日 アントワープ クレー ルイーズ・プレミング ローラ・ゴラルサ
カタリナ・スレボトニク
4–6, 2–6
準優勝 3. 2000年10月22日 上海 ハード リタ・グランデ タマリネ・タナスガーン
リリア・オスターロー
5–7, 1–6
優勝 1. 2000年11月5日 ケベックシティ ハード (室内) ニコル・プラット キンバリー・ポー=メッセーリ
エルス・カレンズ
6–3, 6–4
準優勝 4. 2001年1月7日 ゴールドコースト ハード Katie Schlukebir ジュリア・カソーニ
ヤネッテ・フサロバ
6–7, 5–7
準優勝 5. 2001年3月4日 スコッツデール ハード キム・クライシュテルス リサ・レイモンド
レネ・スタブス
不戦敗
優勝 2. 2001年5月13日 ベルリン クレー エルス・カレンズ カーラ・ブラック
エレーナ・リホフツェワ
6–4, 6–3
準優勝 6. 2001年10月14日 フィルダーシュタット ハード (室内) ジュスティーヌ・エナン リンゼイ・ダベンポート
リサ・レイモンド
4–6, 7–6(4), 5–7
優勝 3. 2002年1月6日 ゴールドコースト ハード ジュスティーヌ・エナン アサ・スベンソン
ミリアム・オレマンス
6–1, 7–6(6)
準優勝 7. 2002年10月13日 フィルダーシュタット ハード
(室内)
パオラ・スアレス リンゼイ・ダベンポート
リサ・レイモンド
2–6, 4-6
優勝 4. 2003年9月29日 モスクワ カーペット (室内) ナディア・ペトロワ アナスタシア・ミスキナ
ベラ・ズボナレワ
6–3, 6–4
準優勝 8. 2004年1月12日 シドニー ハード ディナラ・サフィナ カーラ・ブラック
レネ・スタブス
5-7, 6-3, 4-6
優勝 5. 2004年3月22日 マイアミ ハード ナディア・ペトロワ スベトラーナ・クズネツォワ
エレーナ・リホフツェワ
6–2, 6–3
優勝 6. 2004年4月5日 アメリアアイランド クレー ナディア・ペトロワ ミリアム・カサノバ
アリシア・モリク
3–6, 6–2, 7–5
優勝 7. 2004年5月3日 ベルリン クレー ナディア・ペトロワ ヤネッテ・フサロバ
コンチタ・マルティネス
6–2, 2–6, 6–1
優勝 8. 2004年5月10日 ローマ クレー ナディア・ペトロワ パオラ・スアレス
ビルヒニア・ルアノ・パスクアル
2–6, 6–3, 6–3
優勝 9. 2004年7月19日 ロサンゼルス ハード ナディア・ペトロワ コンチタ・マルティネス
ビルヒニア・ルアノ・パスクアル
6–7(2), 6–4, 6–3
優勝 10. 2004年8月23日 ニューヘイブン ハード ナディア・ペトロワ マルチナ・ナブラチロワ
リサ・レイモンド
6–1, 1–6, 7–6(4)
優勝 11. 2004年11月8日 ロサンゼルス ハード ナディア・ペトロワ カーラ・ブラック
レネ・スタブス
7–5, 6–2
準優勝 9. 2005年3月19日 インディアンウェルズ ハード ナディア・ペトロワ ビルヒニア・ルアノ・パスクアル
パオラ・スアレス
6–7(3), 1–6
優勝 12. 2005年9月13日 バリ ハード アンナ=レナ・グローネフェルト 晏紫
鄭潔
6–3, 6–3
優勝 13. 2006年1月7日 ゴールドコースト ハード ディナラ・サフィナ カーラ・ブラック
レネ・スタブス
6–2, 6–3
優勝 14. 2006年3月5日 アカプルコ クレー アンナ=レナ・グローネフェルト 浅越しのぶ
エミリー・ロワ
6–1, 6–3
準優勝 10. 2006年3月18日 インディアンウェルズ ハード ビルヒニア・ルアノ・パスクアル リサ・レイモンド
サマンサ・ストーサー
2–6, 5–7
準優勝 11. 2006年4月16日 チャールストン ハード ビルヒニア・ルアノ・パスクアル リサ・レイモンド
サマンサ・ストーサー
6-3, 1-6, 1-6
準優勝 12. 2006年7月31日 サンディエゴ ハード アンナ=レナ・グローネフェルト カーラ・ブラック
レネ・スタブス
2–6, 2–6
優勝 15. 2007年1月8日 シドニー ハード アンナ=レナ・グローネフェルト マリオン・バルトリ
メイレン・ツー
6–3, 3–6, 7–6(2)
準優勝 13. 2010年2月21日 メンフィス ハード
(室内)
ベサニー・マテック=サンズ ミハエラ・クライチェク
バニア・キング
5–7, 2–6
優勝 16. 2010年5月22日 ワルシャワ クレー ビルヒニア・ルアノ・パスクアル カーラ・ブラック
晏紫
6-3, 6-4
準優勝 14. 2010年8月28日 ニューヘイブン ハード ベサニー・マテック=サンズ クベタ・ペシュケ
カタリナ・スレボトニク
5–7, 0–6
優勝 17. 2011年2月7日 パリ ハード
(室内)
ベサニー・マテック=サンズ ベラ・ドゥシェビナ
エカテリーナ・マカロワ
6-4, 6-2
準優勝 15. 2011年3月19日 インディアンウェルズ ハード ベサニー・マテック=サンズ サニア・ミルザ
エレーナ・ベスニナ
0-6, 5-7
準優勝 16. 2011年4月10日 チャールストン クレー ベサニー・マテック=サンズ サニア・ミルザ
エレーナ・ベスニナ
4-6, 4-6

4大大会シングルス成績

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 通算成績
全豪オープン A LQ 1R 1R 2R 2R 3R QF 1R 1R 1R 1R A A 8–10
全仏オープン A LQ LQ 1R 2R 4R 1R 3R 3R 1R 1R 2R A A 9–9
ウィンブルドン LQ LQ LQ 2R 2R 4R 2R 1R 3R 2R 2R 1R A A 10–9
全米オープン 1R LQ 1R 1R 3R 3R 3R 4R 1R 1R 2R 2R A 1R 11-12

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