マハジャンガスクス
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マハジャンガスクス | |||||||||||||||||||||||||||
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フィールド自然史博物館のMahajangasuchus insignis頭骨
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分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Mahajangasuchus Buckley & Brochu, 1998 |
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タイプ種 | |||||||||||||||||||||||||||
Mahajangasuchus insignis Buckley & Brochu, 1998 |
マハジャンガスクス[1](学名:Mahajangasuchus)は、鋸歯を伴う側編した鈍い歯を持つ、絶滅したワニ形類の属。後期白亜紀に生息し、マダガスカル北部にてMaevarano層から化石が産出したタイプ種Mahajangasuchus insignisが知られる。当時における大型捕食者であり、全長は4メートルに達した[2]。
発見と命名

1993年にDavid Krauseの主導するマハジャンガ盆地プロジェクト(MBP)が始動し、マダガスカル北部に分布するマーストリヒチアン階のMaevarano層の動物相に関して発見と研究が大幅に進展した。当該プロジェクトを通して様々なワニ系類が発見されており、うち最大の標本はBerivotraの村から南東に約1キロメートル地点で発見された、保存が良好で関節していない骨格であった。当該骨格標本UA 8654は完全な左の下顎、部分的な右の下顎、頸椎・胴椎・仙椎・尾椎、複数本の肋骨、肩帯、腰帯、四肢からなる。また皮骨板と単離した歯も伴って発見された。当該標本は元々Trematochampsa oblita(現在のMiadanasuchus oblita)のものと考えられていたが、さらなる研究を経て、Buckley and Brochu (1999)により新属新種のワニ形類Mahajangasuchus insignisと命名された[3]。ホロタイプ標本は頭骨要素を欠いているが、追加のその後の発掘調査でマハジャンガスクスの頭骨が発見されることになった[4]。
属名は「マハジャンガ盆地に由来するワニ」を意味し、化石の発見地域を反映している。タイプ種の種小名はラテン語で「顕著な」「並外れた」といった意味を持ち、ホロタイプ標本の保存状態や、下顎の奇妙な形態を反映している[3]。
特徴
マハジャンガスクスは中型から大型のワニ形類である。強くアーチ状に湾曲する頬骨、眼窩の直下の窪み、平坦で幅広い吻部、発達した内鼻孔の隔壁、幅広で丸みを帯びた歯骨の前端、鋸歯を伴う歯、第2歯槽の後縁に達する程度である短い下顎結合などの特徴を持ち、新生代に生息したカイマン亜科のモウラスクスと類似する[3]。
頭骨
マハジャンガスクスの頭骨は平坦かつ幅広である。左右の前上顎骨には1 - 4本の歯が生え、5本存在した可能性もある。これらのうち第3前上顎骨歯が最大である。上顎骨は外側から見て背腹方向に非常に低く、ほぼ平坦であり、表面に装飾が見られる。左右の上顎骨にはそれぞれ11個から12個の歯槽が存在する。前側の上顎骨歯4本は間隔が密であり、第3上顎骨歯が最大である。第5 - 第9上顎骨歯は前方の4本と比較して小型であるが均等な大きさを示し、第10および第11上顎骨歯(そして潜在的な第12上顎骨歯)はさらに縮小している。第4上顎骨歯槽と第5上顎骨歯槽との間には顕著な歯隙が存在しており、1本の肥大化した歯骨歯用の空間を空けている可能性が高い。上顎骨は前眼窩窓の内側において上顎骨-鼻骨間の接触部まで外側に走る発達した稜を形成する。左右の鼻骨は互いに癒合しているが、これら外鼻孔に達していたかは不明である。鼻骨は涙骨と接しておらず、涙骨は前側で二股に分岐しており、前眼窩窓の後縁の大部分を形成する。こうした形質状態は前眼窩窓がほぼ完全に涙骨の内部に位置するストロコスクスにも見られる[4]。涙骨は前前頭骨との接触に沿って拡大し、発達した吻部の稜の後外側部を形成する。稜の後内側部は長く伸びた前前頭骨により形成される。前頭骨は左右の眼窩間において幅広であり、左右の前前頭骨間で大幅に狭まり、最終的に鼻骨と接する。前頭骨は左右の上側頭窓の間をわずかに伸びるのみである。上側頭窓の内側の壁と床は頭頂骨により形成されている。標本FMNH PR 2448は上側頭窓の外縁が強くめくれ上がって狭い1本の内側の溝を形成しているが、標本FMNH PR 2389は比較すると平坦であるため、この特徴は標本間で異なるようである。頭頂骨は薄いラミナを持ち、これが上側頭骨の後縁と内縁に張り出す[4]。
左右の歯骨はそれぞれ14個の歯槽を持ち、そのうち第4歯槽と第9歯槽が最大である。最前の歯骨歯は高い位置に生えている[3]。
体骨格

マハジャンガスクスは体骨格要素のうち一部が知られている。ホロタイプ標本は5個の頸椎を保存しており、これらはいずれも軸椎よりも後側の頸椎で、椎体の前後面がともに凹状から平坦な形状を示す。間椎体は前後方向よりも左右方向に発達しており、頸椎の神経棘は胴椎に近づくほど高くなる。頸椎椎体の下突起(hypapophysis)はノブ状である。前側の2個の胴椎は頸椎と形状が類似しており、強く圧縮された神経棘を伴う。第3胴椎は神経棘がブレード状で背側の縁にノブを伴い、下突起が発達して他の椎骨と比較しての強固なキールを伴う。第4胴椎は明瞭な下突起を持つ最後側の椎骨であり、また完全に神経棘に位置する側突起(parapophysis)を持つ最前側の椎骨である。後部胴椎は椎体が発達しており、また横突起(transverse processes)が短い。後部胴椎の神経棘は徐々に短くなり、また前後方向に伸びるようになる。仙椎は1個のみが保存されており、頑強である。前部尾椎は高い神経棘と非常に小型の横突起を持つ。それ以降の尾椎は椎体がより長く伸び、外側から見て腹側が窪む。肋骨は合計28本が骨格の様々な位置から知られている。肩甲骨は左右の両方が知られており、左のものが完全である一方、右のものは遠位端のみが発見されている。烏口骨は左右いずれも発見されていない。上腕骨は完全な左上腕骨と、右上腕骨の骨幹が発見されている。上腕骨の骨幹はほぼ直線状かつ細長いが、近位の骨頭と遠位の顆領域は湾曲しており、このため骨全体がS字型になる。前肢ではこの他に完全な左尺骨と遠位の四分の三が保存された右尺骨、右橈骨の近位部、左橈骨の骨幹部、手根骨・中手骨・遠位の指骨が保存されている。腰帯は完全な右腸骨が左右の坐骨とともに保存されているが、坐骨は左右共に破損している。恥骨は関節部が発達している。恥骨は雫状の関節面と、よりブレード状の遠位端を持つ。大腿骨・脛骨・腓骨は現生のワニのものと類似する。足部は右踵骨と2本の中足骨の遠位端が知られる[3]。
皮骨板には深い不規則な孔が表面に存在しており、存在しない箇所はより前方の皮骨板に被覆される前縁部のみである。皮骨板は強固なキールが存在し、全体的な形状は四角形から卵型であった。背部の皮骨板の列は2列を超えなかったことが示唆される[3]。
系統
歴史的にマハジャンガスクスはBuckley and Brochu (1999)やTurner et al. (2008)がそうであったように、ペイロサウルス科と最も近縁な位置に配置されることがよくあった[3][4]Sereno et al.. (2001) はマハジャンガスクスの類縁とされていたTrematochampsa taquetiをトレマトチャンプサ属をタイプ属とするトレマトチャンプサ科へ分類したが、Turner and Calvo (2005)はこれをペイロサウルス科に配置した。Sereno and Larrson (2009)は新たに記載・命名したカプロスクス属とともにマハジャンガスクス科を新設し[5]、これらがペイロサウルス科と近縁でない基盤的な新鰐類であると考えた。しかし、後の解析でマハジャンガスクス科はペイロサウルス科との姉妹群に戻り、またこれらの分岐群自体が初期に分岐したノトスクス類の枝として配置された[6][7]。
以下のクラドグラムはNicholl et al. (2021)の系統解析結果を単純にしたものである。同論文でマハジャンガスクス科はペイロサウルス科との姉妹群に配置され、この2科からなる分岐群がウルグアイスクス科との姉妹群となった[6]。
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生態

ノトスクス類は陸棲の生態であったことが知られているが、マハジャンガスクス科はこの生態から逸脱しており、より半水棲の生態を示唆する複数の形質が進化している。顎関節が腹側に位置する背腹に高い頭蓋骨は現生の正鰐類の頭部形態と異なるものの、広く浅い吻部という特徴は新鰐類との収斂進化により獲得されたものであると見られる。マハジャンガスクスの口蓋骨は現生の正鰐類のものと類似しており、Turner et al. (2008)はこの形態が食餌における捻じれの力に抵抗する適応であったという考えを裏付けるものであるとした[4]。半水棲の生態はWilberg et al. (2019)によっても提唱されている。ストロコスクスを含む分岐群としてのマハジャンガスクス科は、背側に位置する鼻孔や眼窩を持ち、頭部の形状も吻が平たく幅広い点で、陸棲から半水棲へ独立に適応したノトスクス類の系統を代表するとされた[7]。
出典
- ^ 小林快次『ワニと恐竜の共存 巨大ワニと恐竜の世界』北海道大学出版会、2013年7月25日、14頁。ISBN 978-4-8329-1398-1。
- ^ David W. Krause; Patrick M. O’Connor; Kristina Curry Rogers; Scott D. Sampson; Gregory A. Buckley; Raymond R. Rogers (2006). “Late Cretaceous Terrestrial Vertebrates from Madagascar: Implications for Latin American Biogeography”. Annals of the Missouri Botanical Garden 93 (2): 178–208. doi:10.3417/0026-6493(2006)93[178:LCTVFM]2.0.CO;2. JSTOR 40035721 .
- ^ a b c d e f g Buckley, G.A.; Brochu, C. (1999). “An enigmatic new crocodile from the Upper Cretaceous of Madagascar”. Cretaceous Fossil Vertebrates 60: 149–175 .
- ^ a b c d e Turner, A.H.; Buckley, G.A. (2008). “Mahajangasuchus insignis (Crocodyliformes: Mesoeucrocodylia) cranial anatomy and new data on the origin of the eusuchian-style palate”. Journal of Vertebrate Paleontology 28 (2): 382–408. doi:10.1671/0272-4634(2008)28[382:micmca]2.0.co;2 .
- ^ Sereno, P. C.; Larsson, H. C. E. (2009). “Cretaceous crocodyliforms from the Sahara”. ZooKeys (28): 1–143. Bibcode: 2009ZooK...28....1S. doi:10.3897/zookeys.28.325.
- ^ a b Nicholl, C.S.C.; Hunt, E.S.E.; Ouarhache, D.; Mannion, P.D. (2021). “A second peirosaurid crocodyliform from the Mid-Cretaceous Kem Kem Group of Morocco and the diversity of Gondwanan notosuchians outside South America”. Royal Society Open Science 8 (10): 211254. Bibcode: 2021RSOS....811254N. doi:10.1098/rsos.211254. PMC 8511751. PMID 34659786 .
- ^ a b Wilberg, E.W.; Turner, A.H.; Brochu, C.A. (2019). “Evolutionary structure and timing of major habitat shifts in Crocodylomorpha”. Scientific Reports 9 (1): 514. Bibcode: 2019NatSR...9..514W. doi:10.1038/s41598-018-36795-1. PMC 6346023. PMID 30679529 .
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