ボストンのマザー・グース
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「マザー・グース」の記事における「ボストンのマザー・グース」の解説
一時期、アメリカでは「マザー・グースは実在するアメリカ人である」という説が広まった。その説によれば、マサチューセッツ州ボストンのチャールズタウンで1665年に生まれたエリザベス・フォスター (Elizabeth Foster) という女性がいて、1682年に17歳でアイザック・グース(Isaac Goose。家名の異説1:バーグース;Vergoose 、異説2:バーティグース;Vertigoose )という男性の後添えとして結婚し、それ以降はエリザベス・グースを名乗ったとも、夫の家名を加えてエリザベス・フォスター・グースを名乗ったとも伝えられている。夫婦は6人の子供を儲け、4人を無事に育て上げたという。18世紀初頭になると、エリザベスは孫達に童謡を語って聞かせるお婆さんになっていた。彼女は夫に先立たれたのち、1719年に英語の童謡集『子供たちのためのマザー・グースのメロディ』という本を出版し、ここから「マザー・グース」が伝承童謡の総称として広まったというのである。1758年死去(93歳没)。この説は後述する北原白秋も自著『まざあ・ぐうす』の端書(はしがき)で事実として触れている。 1690年に42歳で亡くなったという生年不明でボストン住まいのメアリー・グース (Mary Goose) なる別の女性を挙げる異伝もあるが、メアリーの情報にはおかしな所があり、左に画像で示した墓碑銘にあるとおりの1690年に亡くなったのなら、1719年に本を出すことは叶わない。したがって、有力視されてきたのはエリザベスのほうで、メアリーに言及しない資料が多い。 しかしながら、そもそもが全て作り話であった。その事実は、エリザベスの曾孫に当たるジョン・フリート・エリオット (John Fleet Eliot) という人物によって明らかにされた。上述のようなタイトルの書物は存在せず、1860年にボストンの新聞に匿名で投書されたことから広まったということであった。
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