ホトケとは? わかりやすく解説

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ホトケ

「仏」のカタカナ表記で、死者死体を指す隠語として用いられる語。

ほと‐け【仏】

読み方:ほとけ

《「ぶつ(仏)」の音変化した「ほと」に、目に見える形の意の「け」の付いた語で、仏の形、仏像原義かという》

仏語悟り得た者。仏陀(ぶっだ)。特に、釈迦(しゃか)のこと。「—の慈悲にすがる」

仏像また、仏の画像。「—を刻む」

死者また、その霊。「—になる」「—が浮かばれない

温厚慈悲心の深い人をたとえていう語。

仏法

「—の御験(みしるし)はかやうにこそと」〈栄花初花

仏事を営むこと。

明後日(あさて)、—にいと善き日なり」〈栄花本の

[下接語] (ぼとけ)新(あら)仏・生仏・石仏・板仏懸け仏木仏外法(げほう)仏・骨(こつ)仏・小仏・新(しん)仏・杉仏・摺(す)り仏・立ち仏土仏流れ仏・撫(な)で仏・新(にい)仏・濡(ぬ)れ仏・寝仏・喉(のど)仏・野仏星仏守り仏・無縁仏雪仏笑い仏


ホトケ

作者町寝娘

収載図書フーコー短編小説傑作選 23 雅言深遠
出版社新風舎
刊行年月2006.8


永井"ホトケ"隆

(ホトケ から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/24 00:37 UTC 版)

永井"ホトケ"隆
永井"ホトケ"隆(2024年)
基本情報
出生名 永井隆
生誕 (1950-10-24) 1950年10月24日(74歳)
出身地 三重県松阪市
ジャンル
職業 歌手ギタリスト
担当楽器 ボーカルギター
活動期間 1970年 -
レーベル Pヴァイン徳間BourbonZAIN
共同作業者
公式サイト http://www.hotoke-blues.com/
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永井"ホトケ"隆(ながい ほとけ たかし、1950年10月24日[1] - ) は、三重県松阪市生まれ[2]歌手ギタリスト

来歴

1950年10月6日、三重県松阪市に生まれる。中学から高校時代にかけ、ビートルズローリング・ストーンズを始めブリティッシュ系を中心としたロックに親しむ。高校に入ると、マイルス・デイヴィスソニー・ロリンズらジャズも聴くようになった[1]

1970年、同志社大学に進学。大学のサークルで知り合った小堀正(ベース)とロック・バンドを結成。塩次伸二(ギター)ともバンド活動をするようになった。翌1971年、NHKで放映されたBBC制作のドキュメンタリー番組「黒人の魂-ブルース」(原題:Chicago Blues)を見て衝撃を受け、黒人によるブルースに強く興味を持つ。

1972年、小堀、塩次に加え、山岸潤史(ギター)、松本照夫(ドラムス)とともに京都でウエスト・ロード・ブルース・バンド(以下、ウエスト・ロード)を結成した[2]。ミドルネームの「ホトケ」はウエスト・ロードにまだ名前がなかった頃、小堀の実家が仏具店を営んでいたことから、バンド名として浮上したもののそれは採用されず、いつの間にか永井のあだ名として定着したものだという[3]

翌1973年に東京のライヴ・ハウスMagazine#1/2で同店にレギュラー出演していたウィーピング・ハープ・セノウ、レイジー・キム・ブルース・バンドとライヴ・アルバム『Live In Magazine No.1/2』をレコーディング。これが、ウエスト・ロードのレコーディング・デビューとなった[1]

ウエスト・ロードは3枚のアルバムをリリースした後、1977年の高円寺JIROKICHI公演を最後に解散する[1]。同年、ファッツ・ドミノがやっていた楽曲「My Blue Heaven」の名前が由来となった新バンド、ブルー・ヘヴンを吾妻光良らと結成。同バンドでは『Blue Heaven Live』(1980年)、『Big Boss Man』(1982年)とリリースを重ねた[4]。尚、吾妻は1作目のライヴ・アルバムリリース後に脱退しており、後任として小出斉が参加している。ライヴ・アルバムでは、吾妻、小出2人のギターを聴くことができる[4]

1984年、ウエスト・ロードがオリジナル・メンバーで再結成。新作『Junction』をリリースした。1995年にはウエスト・ロードはニューヨークのライヴ・ハウス、トランプスで公演。同年、その模様がライヴ・アルバム『Live In New York』として発売された[1]

ソロ・アーティストとしては1995年に『Night People』、翌1996年『Fool’s Paradise』と立て続けにアルバムを発表している[1]

1997年、ブルース初心者のために書き下ろしたエッセイ集『ブルーズ・パラダイス』を出版した[5]

1998年、元四人囃子の森園勝敏らとtRICK bAG結成。2000年に『Last Exit』をリリースしている[1]。バンド名は、ニューオーリンズのR&Bアーティスト、アール・キングの楽曲名に由来している[1]

2006年、近藤房之助のバンドのギタリストだった浅野祥之の申し出により、彼とデュオで活動を開始。そこにドラマーの沼澤尚が加わり、Blues Powerというバンドとなった。2007年、Blues Powerの1作目のアルバム『This Is The Blues Power』がリリースとなるものの、リリース日に浅野が肺炎により急逝する[6]。浅野のブルースへの思いから実現したバンドだっただけに、永井はやる気を失ったものの、故人の遺志を継ぐべく新たに中條卓(ベース)とKOTEZ(ハーモニカ)をメンバーに迎え、blues.the-butcher-590213とのバンド名で活動を継続することを決定した。「ブッチャー」は浅野のニックネーム、「590213」は彼の誕生日である[1]。以後、blues.the-butcher-590213は15年以上に渡って活動を続け、永井のキャリアでも最も息の長いバンドとなっている[6]。2024年現在、バンド名義のアルバムは10枚を数えている。

2007年より、永井は青森県弘前市コミュニティーFM局FMアップルウェーブをキーステーションにしたラジオ番組「BLUES POWER」のDJを務めている。この番組の雰囲気を再現した語り入りコンピレーション・アルバムも2枚リリースとなっている[7][8]

2024年、永井はウエスト・ロード時代からの盟友、山岸潤史とデュオでアルバム『... still in love with the Blues』をリリース[9]。原点に帰ったシンプルなブルース作となった。同じく古くからの盟友であるサウス・トゥ・サウスの上田正樹も2曲でゲスト参加している[9]

ディスコグラフィー

[10]

ソロ作

  • 1995年 『Night People』 (ZAIN)
  • 1996年 『Fool’s Paradise』(ZAIN)
  • 2022年 『Kick Off The Blues』(Pヴァイン) 8曲入り10インチEP[11]
  • 2023年 『... still in love with the Blues』(Pヴァイン) 山岸潤史との共演[9]

ウエスト・ロード・ブルース・バンド

[12]

ブルー・ヘヴン

  • 1980年 『Blue Heaven Live』 (Deadball)
  • 1982年 『Big Boss Man』 (Deadball)

tRICK bAG

  • 2000年 『Last Exit』 (ZAIN)

Blues Power

  • 2007年 『This Is The Blues Power』 (Pヴァイン)

blues.the-butcher-590213

  • 2008年 『Spoonful』 (Pヴァイン)
  • 2009年 『Mojo Boogie』 (Pヴァイン)
  • 2008年 『Rockin’with Monsieur』 (Pヴァイン) ムッシュかまやつとの共演
  • 2011年 『Voo Doo Music』 (Pヴァイン)
  • 2013年 『The Sure Shot Live』 (Pヴァイン) ※ジェイムズ・ギャドソンとの共演
  • 2014年 『In The Basement』 (Pヴァイン)
  • 2016年 『Three O'Clock Blues』 (Pヴァイン)
  • 2017年 『Rockin' And Rollin'』 (Pヴァイン) うつみようことの共演
  • 2019年 『Blues Before Sunrise』 (Pヴァイン) ※うつみようことの共演
  • 2023年 『Feel Like Going Home』 (Pヴァイン)

その他

[注釈 1][7]

  • 2014年 『Hotoke's Blues Power Radio Hour』 (Pヴァイン)
  • 2018年 『Hotoke's Blues Power Radio Hour-10th Anniversary』 (Pヴァイン)

著書

  • 1985年 『ドッグ・デイ・ブルース』 (少年社)
  • 1991年 『ENDLESS BOOGIE』 (少年社)
  • 1997年 『ブルーズ・パラダイス』 (中央アート出版)

脚注

注釈

  1. ^ ラジオ番組「BLUES POWER」を再現した永井の語り入りコンピレーション

出典

  1. ^ a b c d e f g h i 永井"ホトケ"隆PROFILE”. 永井"ホトケ"隆official site. 2025年3月3日閲覧。
  2. ^ a b 永井"ホトケ"隆「TRICK BAG TRIBE」vol.8、1999.06.28”. Being, Inc.. 2025年3月3日閲覧。
  3. ^ 永井"ホトケ"隆「TRICK BAG TRIBE」vol.3”. Being, Inc.. 2025年3月3日閲覧。
  4. ^ a b Blue Heaven Discography”. 永井"ホトケ"隆official site. 2025年3月3日閲覧。
  5. ^ ブルーズ・パラダイス-永井“ホトケ”隆【著】-中央アート出版社(1997/09発売)”. 紀伊国屋書店. 2025年3月4日閲覧。
  6. ^ a b ★special interview★ 永井ホトケ隆(2017.5)”. Jirokichi. 2025年3月3日閲覧。
  7. ^ a b 永井ホトケ隆のラジオ番組『Blues Power』が14年目に突入!”. ブルース&ソウル・レコーズ (2020年12月24日). 2025年3月4日閲覧。
  8. ^ 番組について-SEINAN presents BLUES POWER”. BLUES POWER. 2025年3月4日閲覧。
  9. ^ a b c 永井"ホトケ"隆×山岸潤史『... still in love with the Blues』CD”. 永井"ホトケ"隆official site. 2025年3月3日閲覧。
  10. ^ 永井"ホトケ"隆Music/Discography”. 永井"ホトケ"隆official site. 2025年3月3日閲覧。
  11. ^ リリース情報:永井“ホトケ”隆-キック・オフ・ザ・ブルース”. Pヴァイン. 2025年3月4日閲覧。
  12. ^ 永井"ホトケ"隆  OFFICIAL SITE”. www.hotoke-blues.com. 2025年3月3日閲覧。

外部リンク


ホトケ(畠 正人)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/05 23:10 UTC 版)

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