プロ野球からの引退後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/02 21:27 UTC 版)
引退の当初は、「誰も手掛けていなかった分野を目指したい」との意向を持っていて、税理士資格の取得や起業も検討していた。しかし、フリーライターながらファッション関連イベント会社との契約で編集長を務めた経験を持つ松本から「社会人としての基本ができていない」「今のままで起業しても100%失敗する」と指摘されたことがきっかけで、2012年12月1日からヤクルト本社の宅配営業部に勤務。ヤクルトレディーに同行しながら、ヤクルト製品の訪問販売に携わった。現役時代、キャンプ視察に来ていた慶應の大先輩である佐々木信也と星野仙一が会話をしていた際、両者の前を通りかかった加藤が佐々木を無視したことに、星野がその場で叱り飛ばしたことがあった。 勤務に際しては、松本から「きちんと社会人として仕事ができるようになってもなお、『自分で事業を始めたい』という思いがあれば、私を納得させて(ヤクルト本社を)辞めればいい」と告げられたという。 2015年1月30日付で、日本学生野球協会から学生野球資格回復の適性を認定。この認定によって、同協会に加盟する大学・高校の野球部での指導が可能になった。 2016年の秋から母校の川和高校硬式野球部で非常勤のコーチを務めている。 2017年にヤクルト本社を退社する。 2018年に株式会社FORMICを埼玉県東松山市に設立。代表取締役として、横浜や池袋で「ヒーローズアカデミー」(NPBの元選手が指導する野球教室プログラム)を運営している。その一方で、2018年7月11日からは、株式会社R.E WORKSと提携。「提携アスリート」という立場で、野球に関するセミナーの講師も務める。ヤクルトでの1年目に左肩の違和感を覚えながら、チームドクターへの申告が不十分だったことで左肩のコンディションをかえって悪化させたことを背景に、野球教室やセミナーでは故障を起こさない身体の使い方の指導にも取り組んでいる。 2020年4月からは、上記の活動と並行しながら、東京インディペンデンツ(東京都内の中学野球チーム)のヘッドコーチにも就任。
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