プルワラ祠堂とは? わかりやすく解説

プルワラ祠堂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/01 14:28 UTC 版)

プランバナン寺院群」の記事における「プルワラ祠堂」の解説

内苑周壁とその周囲の中苑の周壁は、いずれも東西南北四方位向いている。中苑の周壁一辺222メートルであり、44基、52基、60基、68基の4列からなるプルワラ小祠堂があった中苑が、壇上内苑囲んでいる。プルワラ小祠堂は、それぞれ高さ14メートル基部の幅は6メートル四方で、合計224基の構造物があった。4列それぞれの角にある16基の小祠堂は外側双方向いているが、残る208基は外側正面の1方向向いている。 中苑は4列に配置され224基のプルワラ小祠堂により構成されるが、これら数多く祠堂はその一部修復されたのみであり、ほとんどはいまだに崩壊したまである。これらの同心状に配置され祠堂列群は、それぞれ同様の意匠構築されており、各列は中央向かってわずかに高くなっている。これらのプルワラ祠堂(チャンディ・プルワラ)と呼ばれる小祠堂は、守護ないし補完祠堂であり、主要な祠堂付加され構造物である。これらは王族村落有力者らが奉献したものであり、帰服のしるしとして王に捧げられたと考えられる。また一部では、プルワラ祠堂は中央祠堂群の周りに4列に配置されていることから、4階層のカーストと関係があるとして、中央祠堂群に最も近い列には僧侶バラモン)のみが接することができ、ほかの3列はそれぞれ王族武人および庶民などのためにあったともいわれるが、一方では、プルワラ祠堂の4列はこれら4階層のカーストはまったく関係なく、そこは単に僧侶瞑想の場所あるいは信者礼拝の場所として構築されたものとも考えられている。

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プルワラ祠堂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/23 07:26 UTC 版)

セウ寺院」の記事における「プルワラ祠堂」の解説

240基のプルワラ祠堂(チャンディ・プルワラ、尼: Candi Perwara)と称される小形守護祠堂が、同様の意匠により四方位同心状の4列に配置されている。それらの小祠堂は方形で、外壁面に立像彫られ壁龕仏龕)がある。外側の2列は緊密に配置され168基(第380基・第4列88基)の小祠からなり内側の2列も一定の間隔配置され72基(第1列28基・第2列44基)の祠堂により構成されている。第3列の小祠堂は中央内側を向くが、他の列の小祠堂は外側向いており、これらの小祠堂が、多く略奪受けた大きな中央の聖域取り囲み、その中庭南北41メートル東西40メートル)に主祠堂がある。

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