フランカC
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/08/25 06:38 UTC 版)
1952年5月、唯一の応札者であったイタリアのリネアC(Linea C)が5億7000万リラで取得した。取得後、機関を4,200馬力のフィアット製ディーゼルエンジンに改装され、フランカCと改名した。大西洋を横断し、南アメリカ大陸とヨーロッパを結ぶオーシャン・ライナーとして運航された。1957年にはファンネルを改修し、後部デッキを1層増設した。 1959年、大西洋航路から撤退し地中海・黒海沿岸、後にカリブ海のクルーズへ運用が変更された。これに際して、後部マストを撤去してプールを設けるなどの改装を行うことで定員552人のクルーズ客船となった。これは最初期のクルーズ客船の一つと見なしうるものであった。1963年には、建造地のヴァージニアに再塗装のために寄港している。さらに、1968年にはクルーズを短期間で提供する航空券とクルーズを組み合わせたプランに投入された。これもまた、同種のパッケージとしては最初期のものであった。 1970年には機関を再度交換、さらに特等相当の船室にモノクラス化することで定員を350人に減ずる改装がなされた。運航は地中海が中心となり、1977年まで運航された。1977年夏、最後の地中海クルーズ運航を行った後、船舶解体業者に売却される見込みとなっていた。
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