フェンダー・ジャパン株式会社とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > フェンダー・ジャパン株式会社の意味・解説 

フェンダー・ジャパン株式会社(1982年-1997年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/17 00:12 UTC 版)

フェンダー (楽器メーカー)」の記事における「フェンダー・ジャパン株式会社(1982年-1997年)」の解説

1970年代以降日本楽器市場でフェンダーギターのコピー商品出回り始めたフェンダー社はその主な製造であった東海楽器製造に対して訴訟起こし販売停止追い込むなどの対抗手段取られたが、価格の面でコピー商品を完全に駆逐することができなかった。そのため、最終手段として自身日本製造拠点をおいて低価格ギター販売することにし、1982年当時国内代理店であり筆頭株主でもあった神田商会仲介の元、アイバニーズグレコなどの下請け製造をしていた富士弦楽器製造(現フジゲン)とフェンダー共同子会社のフェンダー・ジャパン株式会社を設立した。この時、当時筆頭株主であった山野楽器神田商会も共に共同出資行いホテルグランドパレスにて設立発表行われた設立後は、富士弦楽器製造製造担当となり国内向けの廉価版シリーズスクワイア組み立てダイナ楽器)、ワンランク上製品フェンダー・ジャパンとして販売開始された。設立当初フェンダー社計画は、日本国内コピー品駆逐とスクワイア・ブランドの廉価品アメリカ国内及び海外販売目的したものだった。 しかし、1985年CBSフェンダー社売却し当時社長であったビル・シュルツが経営権買収した工場含まれなかった為、製造拠点失っている。その為、新工場設立されるまでの間、日本フジゲン製造した製品フェンダー製品として世界中で販売された。海外向けスクワイア1983年 -1987年)および、Fender USA Vintage re-issue series1987年まで)の製造は、フジゲンよるものである。 バブル崩壊後、フェンダーメキシコなどの設備投資大きな負債抱えていたフジゲン1997年にフェンダーメキシコ社と共にフェンダー・ジャパン社を売却完全子会社化したフェンダーはフェンダーメキシコ社のみを残しフェンダージャパンスクワイアへと統合され幕を閉じた

※この「フェンダー・ジャパン株式会社(1982年-1997年)」の解説は、「フェンダー (楽器メーカー)」の解説の一部です。
「フェンダー・ジャパン株式会社(1982年-1997年)」を含む「フェンダー (楽器メーカー)」の記事については、「フェンダー (楽器メーカー)」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「フェンダー・ジャパン株式会社」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「フェンダー・ジャパン株式会社」の関連用語

フェンダー・ジャパン株式会社のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



フェンダー・ジャパン株式会社のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのフェンダー (楽器メーカー) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS