ディーゼル機関車への転向
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/08 06:14 UTC 版)
「モントリオール・ロコモティブ・ワークス」の記事における「ディーゼル機関車への転向」の解説
1949年、MLWはGMDに対抗してアルコのディーゼル機関車の販売を始めた。主にスイッチャーで、アルコのものとは多少の意匠の変更を行った。1951年、貨客兼用の大型機関車の製造を開始した。 既にディーゼル化が相当に進んでいたアメリカとは対照的に、1950年代のカナダの鉄道ではまだ蒸気機関車が多く使われていたが、一部を除いて1960年早々にはディーゼル化を完了。1960年代には全盛期となった。機関車メーカーの合従連衡があったアメリカに遅れること15年であった。 1960年代を通じて、CN(旧CNR、MLWの最大の顧客)はいまだに機関車調達は各メーカー満遍なく、という方針のもとにいた。当時、ケベック人のナショナリズムが高揚し、政治的に重要な地域であるケベックに本拠地があるMLWは、ケベック人から好意的な印象を持たれていた。 MLWのスイッチャーは、とくに低速での粘着(レールと車輪のグリップの具合)のよさに主眼を置いて設計されていた。MLWとアルコの車両設計は、電気機器においてGEの協力を得ていた。MLWはカナダの貿易政策による恩恵を被り、輸出を拡大した。カナダの貿易政策は、第三世界を通じての共産主義政府や地域との貿易を制限するアメリカのものよりゆるやかであった。
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