カジャカジャグーからNational P (2003年)
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「POLYSICS」の記事における「カジャカジャグーからNational P (2003年)」の解説
2003年5月にミニアルバム『カジャカジャグー』をリリース。このアルバムのレコーディングを最後にドラムのスガイが脱退した。その後、サポート・メンバーとして、SNAIL RAMPのイシマルがドラムで参加するようになり、イシマル参加の下、10月にアルバム『National P』がリリースされた。 『カジャカジャグー』及び『National P』を制作した時期は、前アルバム『FOR YOUNG〜』での経験やAC/DC、キング・クリムゾン等のロックミュージックの存在を再認識したことから「ゼロ%から2000%ぐらいの振り切ったものを作んなきゃ」とハヤシ自身が感じていた時期であった。そのアルバムの制作活動の中で、『カジャカジャグー』を制作していた当時にスガイとハヤシの求める音楽性の違いが顕著となった。スガイは、よりメッセージ性のある歌詞やポップで歌メロの音楽を作りたかったが、ハヤシはそのような音楽を求めていなかった。この方向性の違いを理由として、4月から敢行したツアー「CLUB エポック!」の大阪公演を最後に、スガイはPOLYSICSを脱退した。 この様な状況の中、制作されたこれら二作品は、前作となるアルバム『FOR YOUNG〜』に比べ、「初期衝動の激しさを取り戻した」などと評される作品となり、さらにハヤシ自身も手ごたえを感じられる作品となった。しかしながら、当時の結果としてこの二作品の売り上げは伸び悩み、さらにライブの集客も減少してきていた。 上記のように、日本国内では商業的にある種の伸び悩みを見せていた。しかし、2003年にアメリカでリリースされたアルバム『NEU』が好セールスを記録するなど、国外において一定の評価を受けるようになった。これを受けてPOLYSICSは全米ツアーを敢行。この模様は2004年2月にDVD『PippikkippippiP In USA』としてリリースされている。以前にも海外でのライブ経験はあったものの、この頃から定期的に海外ツアーを行うなど、日本国外での活動も本格化させてきた。 また、2003年8月にはSUMMER SONICへ初出演出演した。この年のSUMMER SONICには、POLYSICSに多大な影響を与えたDEVOも参加していた。彼らとステージを共にしたわけではないが、DEVOと同一イベントに登場、共演した初の機会となった。
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