エルミート写像とエルミート行列
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/02 06:05 UTC 版)
「スペクトル定理」の記事における「エルミート写像とエルミート行列」の解説
初めに Cn あるいは Rn 上のエルミート行列を考える。より一般に、ある正定値エルミート内積を備える有限次元の実あるいは複素内積空間 V 上のエルミート作用素を考える。エルミート条件とは ( ∀ x , y ∈ V ) : ⟨ A x , y ⟩ = ⟨ x , A y ⟩ {\displaystyle (\forall x,y\in V):\langle Ax,\,y\rangle =\langle x,\,Ay\rangle } のことを言う。これと同値な条件として、A* = A がある。ただし A* は A のエルミート共役である。A があるエルミート行列と見なされるとき、A* の行列はその共役転置と見なされる。A が実行列であるなら、このことは AT = A と同値である(すなわち、A は対称行列)。 この条件より容易に、エルミート写像のすべての固有値は実数であることが分かる。実際、x = y が固有ベクトルの場合に条件を適用すればよい(ここである線型写像 A の固有ベクトルとは、あるスカラー λ に対して Ax = λx を満たすような(非ゼロの)ベクトル x であったことに注意されたい。そのような値 λ は対応する固有値であり、それらは特性多項式の解である)。 定理: A の固有ベクトルで構成される V のある正規直交基底が存在する。なおかつ A の固有値はすべて実数である。 以下では、考えているスカラー体が複素数である場合の証明の概略を紹介する。 代数学の基本定理を A の特性多項式に適用することで、少なくとも一つの固有値 λ1 と対応する固有ベクトル e1 が存在することが分かる。このとき λ 1 ⟨ e 1 , e 1 ⟩ = ⟨ A ( e 1 ) , e 1 ⟩ = ⟨ e 1 , A ( e 1 ) ⟩ = λ ¯ 1 ⟨ e 1 , e 1 ⟩ {\displaystyle \lambda _{1}\langle e_{1},e_{1}\rangle =\langle A(e_{1}),e_{1}\rangle =\langle e_{1},A(e_{1})\rangle ={\bar {\lambda }}_{1}\langle e_{1},e_{1}\rangle } が成立するので、そのような λ1 は実数であることが分かる。今、e1 の直交補空間 K = span{e1}⊥ を考える。エルミート性により、K は A の不変部分空間である。K に対しても上述と同様の議論を行うことで、A はある固有ベクトル e2 ∈ K を持つことが分かる。あとは帰納的にこの操作を有限回繰り返すことで、証明は完成される。 スペクトル定理はまた、有限次元の実内積空間の上の対称写像に対しても成立する。しかしその場合、固有ベクトルの存在は代数学の基本定理からは直ちに従わない。その存在を証明する最も簡単な方法として、A をエルミート行列と考え、エルミート行列のすべての固有値は実数であるという事実を利用するものがある。 A の固有ベクトルを正規直交基底として選ぶと、その基底のもとで A は対角行列として表現される。または同値であるが、A はスペクトル分解(spectral decomposition)と呼ばれるペアとなる直交射影の線型結合として表現される。今 V λ = { v ∈ V : A v = λ v } {\displaystyle V_{\lambda }=\{\,v\in V:Av=\lambda v\,\}} を固有値 λ に対応する固有空間とする。この定義は特定の固有ベクトルの選び方に依らないことに注意されたい。V は、その添え字が固有値全体であるような空間 Vλ の直交直和である。Pλ を Vλ の上への直交射影とし、λ1, ..., λm を A の固有値とすることで、そのスペクトル分解は次のように記述される。 A = λ 1 P λ 1 + ⋯ + λ m P λ m . {\displaystyle A=\lambda _{1}P_{\lambda _{1}}+\cdots +\lambda _{m}P_{\lambda _{m}}.\,} スペクトル分解は、シュール分解および特異値分解の特殊例である。
※この「エルミート写像とエルミート行列」の解説は、「スペクトル定理」の解説の一部です。
「エルミート写像とエルミート行列」を含む「スペクトル定理」の記事については、「スペクトル定理」の概要を参照ください。
- エルミート写像とエルミート行列のページへのリンク