アルバート・スポールディング
アルバート・スポールディング
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/20 07:15 UTC 版)
「1876年のメジャーリーグベースボール」の記事における「アルバート・スポールディング」の解説
シカゴ・ホワイトストッキングスのアルバート・スポルディング投手が、シーズン開幕後の4月25日ルイビル・グレイズを相手にナショナルリーグ史上初の完封勝ちを記録した。スポールディングはこの年投手成績は47勝12敗、防御率1.75で、ナショナルリーグで初の最多勝利投手になっている。 1869年当時アマチュアチームだったロックフォード・フォレストシティーズに2年間所属した後、1871年にボストン・レッドストッキングス(現アトランタ・ブレーブス)に入団、レギュラー投手だったスポルディングは1871年から1875年の5年間で205勝もの勝ち星を挙げ、打つ方でも打率3割を超える成績(1872年.354など)を残していた。当時レッドストッキングスのほぼ全ての試合で投げていたスポルディングは、1874年は71試合で52勝16敗、1875年も年間約80試合のうちの72試合に登板し、55勝5敗(54勝説もある)で2年連続で50勝という投手成績を残した。しかも1875年のシーズンで24連勝するなど驚異的な成績を残した。この年にナショナルリーグ開設にウィリアム・ハルバートとともに尽力し、投手兼監督として初のリーグ優勝した。1977年を最後に選手をやめてホワイトストッキングスの監督となり、その後は共同オーナー兼会長になり、さらに運動具店を開設してスポーツ用品のビジネスで成功して、さらに1905年に野球史調査委員会を設けて2年後に『ベースボールは、1839年にアブナー・ダブルデイがクーパーズタウンで考案したのがその起源である』とする発表を行った。これは、その後否定されたが、野球界への貢献は大きいもので、1939年に殿堂入りした。
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