アダムとイヴ_(ルーベンス)とは？わかりやすく解説

『アダムとイヴ』
	スペイン語: Adán y Eva; 英語: Adam and Eve
作者	ピーテル・パウル・ルーベンス
製作年	1628年から1629年の間
種類	油彩、キャンバス
寸法	238 cm × 184.5 cm (94 in × 72.6 in)
所蔵	プラド美術館、マドリード

ティツィアーノ・ヴェチェッリオの1550年頃の作品『アダムとイヴ』。プラド美術館所蔵。

『アダムとイヴ』（西: Adán y Eva, 英: Adam and Eve）は、バロック期のフランドルの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが1628年から1629年の間に制作した絵画である。油彩。主題は『旧約聖書』「創世記」のアダムとイヴの物語である。ルーベンスが外交官としてスペインを訪れた際に、ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオの作品を模写したうちの1つであり、多くの変更を加えることでオリジナルよりも優れた作品に仕上げている^[1]。両作品ともにマドリードのプラド美術館に所蔵されている^[2]^[3]。

制作経緯

ルーベンスはイングランドとスペインの関係を調停するため、1628年から1629年にかけて外交官としてスペインを再訪した。当時のスペイン王室はティツィアーノの優れた絵画コレクションの宝庫であり、マドリードに滞在している間、これらのコレクションを見るだけでなく、多数の作品を模写することができた。ルーベンスはそれらをすべて自身のために行っており、帰国の際にはすべての模写を持ち帰っている^[4]。これらの模写の中には『エウロペの略奪』（The Rape of Europa）や^[5]『ディアナとカリスト』（Diana and Callisto）といった作品がある^[6]。

作品

ルーベンスはティツィアーノの作品に様々な変更を加えて模写している。最も注目されるのはアダムの姿勢の変更である。ルーベンスはイタリア時代にローマで素描した彫刻『ベルヴェデーレのトルソ』に基づいて、アダムの身体をオリジナルよりも真っ直ぐに起こし、より逞しく描いている^[2]^[3]。結果的にルーベンスの変更はティツィアーノがもともとの下絵で描いていたアダムの図像に近いものになり、アダムの下半身を覆っていたイチジクの葉を取り除くことを可能としている^[1]。さらにアダムの背後に立っている樹木の枝に善を象徴するオウムを描き加えることで、足元に悪徳と欲望の象徴と思われるキツネが描かれたイヴとの象徴的な対比を強調している^[2]^[3]。こうしたシンボリックな動物の用い方はアルブレヒト・デューラーの版画『アダムとイヴ』の影響と思われる。デューラーは狡猾さの象徴である猫をイヴの足元の画面中央の最前景に描き、それよりもやや引いた位置のアダムの足元にネズミを描くことで、アダムがイヴに従順であることを象徴的に示している^[2]。

このようにティツィアーノの『アダムとイヴ』に多くの変更を加えていることは、同時期に制作された『エウロペの略奪』の模写が極めて精緻であるのとはまったく対照的であり、単なる模写の枠を超えて、巨匠の作品の研究とも言うべきものとなっている^[2]。ルーベンスがこれらの模写を通じて、ヴェネツィア派の巨匠のより叙情的な造形言語を取り込もうとしたことは、晩年の闊達な筆致および色彩にとって重要な意味があり^[4]、この点において、これらの模写はルーベンスの芸術における決定的なターニングポイントを示している^[2]。

来歴

ルーベンスは模写をアントウェルペンに持ち帰り、1640年に死去するまで所有し続けた。ルーベンスの死後、絵画は遺産の一部として売却され、1645年にスペイン領ネーデルラント総督フェルナンド・デ・アウストリアを介したフェリペ4世によって購入されている。こうしてスペイン王室はティツィアーノとルーベンスの2つの『アダムとイヴ』を同時に所有したが、両絵画は別々の場所で飾られた^[2]。ルーベンスの『アダムとイヴ』は1674年にエル・パルド王宮（英語版）の王室コレクションに加わえられ、約100年後の1772年にマドリードの新王宮（Palacio Nuevo）に移された。新王宮にはすでにティツィアーノの作品があり、ようやく両作品は同じ場所で所蔵されることとなった。本作品がプラド美術館に収蔵されたのはフェルナンド7世の死後の、ティツィアーノの作品が収蔵されるよりも数年遅い1834年のことである^[2]^[3]。

ギャラリー

ルーベンスによるティツィアーノの模写は他に以下のような作品がある。

『ヴィーナスへの奉献』スウェーデン国立美術館所蔵
ティツィアーノ『エウロペの略奪』の模写。プラド美術館所蔵
『ヴィ―ナウと鏡を持つキューピッド』ティッセン＝ボルネミッサ美術館所蔵

脚注

^ ^a ^b “TITIAN (TIZIANO VECELLIO), Adam and Eve”. プラド美術館公式サイト. 2020年7月31日閲覧。
^ ^a ^b ^c ^d ^e ^f ^g ^h “RUBENS, PETER PAUL, Adán y Eva”. プラド美術館公式サイト（スペイン語）. 2020年7月31日閲覧。
^ ^a ^b ^c ^d “RUBENS, PETER PAUL, Adam and Eve”. プラド美術館公式サイト（英語）. 2020年7月31日閲覧。
^ ^a ^b 『ブラド美術館展スペイン王室コレクションの美と栄光』p.92。
^ “RUBENS, PETER PAUL, The Rape of Europe”. プラド美術館公式サイト. 2020年7月31日閲覧。
^ “SIR PETER PAUL RUBENS AFTER TITIAN, Diana and Callisto”. ロイヤル・コレクション・トラスト（英語版）公式サイト. 2020年7月31日閲覧。

参考文献

『ブラド美術館展スペイン王室コレクションの美と栄光』国立西洋美術館ほか主催 ※2002年の同展覧会のカタログ

外部リンク

[T-1] “TITIAN (TIZIANO VECELLIO), Adam and Eve”. プラド美術館公式サイト. 2020年7月31日閲覧。

[スペイン語-2] ^ ^a ^b ^c ^d ^e ^f ^g ^h “RUBENS, PETER PAUL, Adán y Eva”. プラド美術館公式サイト（スペイン語）. 2020年7月31日閲覧。

[英語-3] “RUBENS, PETER PAUL, Adam and Eve”. プラド美術館公式サイト（英語）. 2020年7月31日閲覧。

[展-4] 『ブラド美術館展スペイン王室コレクションの美と栄光』p.92。

[5] “RUBENS, PETER PAUL, The Rape of Europe”. プラド美術館公式サイト. 2020年7月31日閲覧。

[6] “SIR PETER PAUL RUBENS AFTER TITIAN, Diana and Callisto”. ロイヤル・コレクション・トラスト（英語版）公式サイト. 2020年7月31日閲覧。

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表話編歴ピーテル・パウル・ルーベンス
宗教画	『アダムとイヴ (ルーベンスの家)』 (1598-1600年) 『キリストの割礼』 (1605年) 『聖母子の画像を崇める聖グレゴリウスと諸聖人』(1606年-1607年) 『スザンナと長老たち』(1606年-1607年頃) 『聖ゲオルギウスと竜』(1606年-1608年) 『ヴァリチェッラの聖母』(1608年) 『東方三博士の礼拝 (プラド美術館)』(1609年) 『サムソンとデリラ』(1609年-1610年) 『キリスト昇架』(1610年-1611年) 『幼児虐殺』 (1611年頃) 『キリスト降架』(1611年-1614年) 『エジプトへの逃避』 (1614年) 『聖セバスティアヌス』 (1614年頃) 『聖母のエリザベト訪問』 (1611-1615年) 『ロコックス三連祭壇画』 (1613-1615年) 『ライオンの穴の中のダニエル』 (1615年) 『人間の堕落のあるエデンの園』 (1615年頃) 『皇帝テオドシウスと聖アンブロシウス』 (1615-1616年頃) 『ホロフェルネスの首を斬るユディト』(1616年頃) 『十字架降架』(1617-1618年頃) 『キリストの復活』(1616年頃) 『花輪の聖母子 (ルーヴル美術館)』(1616年-1617年) 『聖フランシスコ・ザビエルの奇蹟』(1616年、または1617年) 『最後の審判』(1617年) 『聖フベルトゥスの幻視』(1617年) 『東方三博士の礼拝 (リヨン美術館)』(1617年-1618年頃) 『花輪の聖母子 (プラド美術館)』(1617年-1620年) 『小さな最後の審判』(1621年) 『東方三博士の礼拝 (アントウェルペン)』(1624年-1625年) 『偶像崇拝に対する聖体の秘跡の勝利』(1625年頃) 『聖母被昇天』 (1625年-1626年) 『東方三博士の礼拝 (ルーヴル美術館)』(1626-1627年) 『アダムとイヴ (プラド美術館)』 (1628年-1629年) 『聖アンナのいる聖家族』 (1630年頃) 『最後の晩餐』 (1632年) 『聖イルデフォンソ祭壇画』 (1630-1632年) 『聖リヴィヌスの殉教』 (1633年頃) 『聖家族と聖フランチェスコ、聖アンナ、幼い洗礼者聖ヨハネ』(1630年代初頭、または中頃) 『泉のバテシバ』 (1635年頃) 『青銅の蛇』（1635年-1640年頃）『聖チェチリア』（1639年-1640年頃）
神話画・歴史画・寓意画	『パエトンの墜落』 (1604年/1605年頃) 『ヘラクレスとオンファレ』(1606年-1607年頃) 『フィロポエメンの身分の露頭』 (1609年頃) 『ユノとアルゴス』 (1610年頃) 『縛られたプロメテウス』(1611年-1612年頃) 『ローマの慈愛』 (1612年頃) 『ヴィーナス、キューピッド、バッカス、ケレス』(1612年-1613年頃) 『ロムルスとレムス』(1612年-1613年頃) 『メドゥーサの首』 (1613年頃) 『鏡を見るヴィーナス』 (1613年-1614年) 『凍えるヴィーナス』 (1614年) 『オレイテュイアを略奪するボレアス』 (1615年頃) 『楽園の四つの河』 (1615年頃) 『ケレスの像』 (1615年頃) 『狩りから戻ってきたディアナ』 (1616年頃) 『果物綱』(1616年-1617年頃) 『オデュッセウスとディオメデスに発見されるアキレウス』(1617年-1618年) 『五感の寓意 (連作)』(1617年-1618年頃) 『レウキッポスの娘たちの略奪』(1616年-1618年頃) 『大地と水の結合』 (1618年頃) 『アマゾンの戦い』 (1618年頃) 『キモンとエフィゲニア』（1615年-1620年頃）『幼児キリストと洗礼者聖ヨハネ、二人の天使』（1615年-1620年頃）『ラルス・ポルセンナの前のムキウス・スカエウォラ』（1618年-1620年頃）『ユノに欺かれるイクシオン』（1620年頃）『アンドロメダを解放するペルセウス (ベルリン絵画館)　』（1620年-1622年）『アンドロメダを解放するペルセウス (エルミタージュ美術館)』（1622年頃）『三美神 (パラティーナ美術館)』（1622年-1623年頃）『三美神 (ウィーン)』（1620年-1624年）『酔ったシレノス』 (1618年-1625年頃) 『アンジェリカと隠士』 (1625年-1628年頃) 『マリー・ド・メディシスのマルセイユ上陸』 (1622年-1625年) 『アンリ4世の神格化とマリー・ド・メディシスの摂政宣言』(1623年-1625年) 『イヴリーの戦いにおけるアンリ4世』 (1627年) 『イヴリーの戦いの後にパリへ凱旋するアンリ4世』 (1627年) 『カリュドンのイノシシ狩り』 (1617-1628年) 『マリー・ド・メディシスの生涯』 (1621年-1630年) 『マルスから平和を守るミネルヴァ』 (1629年-1630年) 『豊穣』(1630年頃) 『ニンフとサテュロス』(1615年頃-1635年頃）『三美神 (プラド美術館)』 (1630年-1635年) 『愛の園』 (1630年-1635年) 『パリスの審判』 (1632年-1635年) 『神話の人物と農民の踊り』(1635年) 『ヴィーナスとアドニス』(1635年) 『ディアナとカリスト』(1635年頃) 『我が子を食らうサトゥルヌス』(1636年) 『狩りをするディアナとニンフたち』 (1636年-1637年) 『デウカリオンとピュラ』 (1636年-1637年) 『アポロンと大蛇ピュトン』 (1636年-1637年) 『ヒッポダメイアの略奪』 (1636年-1637年) 『プロセルピナの略奪』 (1636年-1637年) 『ヴィーナスの祝祭』 (1636年-1637年) 『メルクリウスとアルゴス』（1635年-1638年頃）『ガニュメデスの略奪』 (1636年-1638年頃) 『天の川の誕生』 (1636年-1638年頃) 『オルペウスとエウリュディケ』 (1636年-1638年頃) 『フォルトゥナ』 (1636年-1638年頃) 『戦争の惨禍』 (1638年-1639年) 『アンドロメダ』 (1638年-1639年) 『サビニの女たちの掠奪』 (1635年-1640年) 『バッカス』 (1638年-1640年) 『アンドロメダを解放するペルセウス (プラド美術館)』（1639-1641年）
肖像画	『レルマ公騎馬像』(1603年) 『カスパール・ショッペの肖像』(1604年-1605年頃) 『侯爵夫人ブリジダ・スピノーラ＝ドーリアの肖像』(1606年) 『侯爵夫人マリア・セッラ・パラヴィチーノの肖像』(1606年) 『従者を伴う侯爵夫人マリア・グリマルディの肖像』(1607年頃) 『ルーベンスとイザベラ・ブラント』(1609年-1610年) 『画家の兄フィリップ・ルーベンス』(1610年-1611年) 『四人の哲学者』(1611年-1612年) 『眠る二人の子ども』(1612-1613年頃) 『鳥を持つ子供』(1614年頃) 『クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像』(1616年頃) 『シュザンヌ・フールマンの肖像』 (1622年-1625年) 『アルベルトとニコラース・ルーベンスの肖像』 (1626年-1627年頃) 『ハスパール・ヘファルツィウスの肖像』 (1628年-1631年) 『結婚衣装をつけたエレーヌ・フールマン』 (1630年-1631年頃) 『ネルトリンゲンの戦いにおけるフェルナンド・デ・アウストリア枢機卿王子』（1634年-1635年）『エレーヌ・フールマンと子供たち』 (1636年頃) 『毛皮をまとったエレーヌ・フールマン』 (1636年-1638年頃) 『ルーベンス、妻エレーヌ・フールマンと息子フランス』 (1630年代中－後期) 『自画像』 (1638年-1639年) 『馬車のあるエレーヌ・フールマンの肖像』 (1639年)
動物画・風俗画・風景画	『狼と狐狩り』 (1616年頃) 『カバとワニ狩り』 (1616年頃) 『石を運ぶ人々のいる風景』（1610年代後半-1620年頃）『ライオン狩り』（1621年）『ピレモンとバウキスのいる風景』（1625年頃）『パイエーケス人の島に漂着したオデュッセウス』(1630-1635年頃) 『虹のある風景 (エルミタージュ美術館)』（1632年-1635年）『畑から戻る農夫たち』（1635年頃）『虹のある風景 (ウォレス・コレクション)』（1636年頃）『ステーン城の前で行われる中世の馬上試合』（1635年-1637年）『村祭り』（1635年-1638年）『牛と鴨撃ちのいる風景』（1635年-1638年頃）『カリュドンのイノシシを狩るアタランテとメレアグロス』（1635年-1640年）『早朝のステーン城を望む秋の風景』（1635年-1640年頃）
関連人物	アダム・ファン・ノールト (師) イザベラ・ブラント (最初の妻) エレーヌ・フールマン (2番目の妻) ルーベンス家（英語版）
関連項目	ルーベンスの家
カテゴリ

表話編歴アダムとイヴ
情報源	創世記における天地創造アダムイヴ
子供	カインアベルセトルルワアクレミアアワンアズラアナーク
関連用語	原罪エデンの園知恵の樹禁断の果実アダムの言語カマエルローシュ・ハッシャーナーシャムシエルリリスイチジクの葉
他文化	高壁マヌマシュヤグとマシュヤーナグ
文献	『アダムとイヴとサタンの対立』 (6世紀) 『宝の洞窟』『失楽園』 (1667年)
芸術	『楽園追放』 (1425年頃) 『最後の審判』 (1482年頃) 『快楽の園』 (1504年) 『アダムとイヴ』 (1507年) 『アダムの創造』 (1512年) 『原罪と楽園追放』 (1510年頃) 『乾草車』（1512年-1515年頃）『アダムとイヴ』（1550年頃）『誘惑されるアダムとイヴ』（1550年-1553年）『天国』（1588年-1592年）『人間の堕落のあるエデンの園』 (1615年頃) 『アダムとイヴ』（1628年-1629年間）
地理	イヴの墓
生物学	ミトコンドリア・イブ Y染色体アダム
その他	マクペラの洞穴
カテゴリ


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