『仮名手本忠臣蔵』以後とは? わかりやすく解説

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『仮名手本忠臣蔵』以後

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 04:50 UTC 版)

忠臣蔵」の記事における「『仮名手本忠臣蔵』以後」の解説

『仮名手本忠臣蔵』以外にも赤穂事件題材にした演目作られ続け、『歌舞伎年表』に載っているものだけでも85個もある。 その中でも特に有名なのは人形浄瑠璃の『太平記忠臣講釈』(明和3年竹本座初演近松半次ら6人の合作)で、本作『仮名手本忠臣蔵』に次ぐ名作名高くそれまで義士劇の集大成的な面があるが、その分独創性少ない。本作は『歌舞伎年表』に載っているだけでも前者56回、後者13回も上演されており、特に8段目は近代まで上演されていた。 歌舞伎の『義臣伝読切講釈』も『歌舞伎年表』に載っているだけでも13上演されており、本作には今日上演される『忠臣連理廼鉢植』の段がある。 寛政期大坂上演された奈河七五三助作の『いろは仮名四十七訓』は『泰平いろは行列』と『大矢数四十七本』合わせて作り直したものと言われ、6幕目が能狂言の『鎌腹』の換骨奪胎である「弥作の鎌腹」であり、今日上演される。また8幕目は今日でいう「鳩の平右衛門」で、寺岡右衛門仇討に行く最中逢坂山親子愛情見て引き返して母親討ち入りの話を明かし母親寺岡激励するため自害する。8幕目はのちに書き換えられて『稽古筆七いろは』になり、今日では前述のように『鳩の平右衛門』という演題上演される3幕目も明治時代まで上演されていた。 文政8年初演され四代目鶴屋南北『東海道四谷怪談』は、『仮名手本忠臣蔵』同時上演され、『仮名手本の裏起こっている事件として描かれている。同じく鶴屋南北は他にも、四十七士不破数右衛門猟奇殺人鬼として登場する一種パロディ作品盟三五大切』や、『仮名手本』の悪役斧定九郎主人公とし、定九郎とその父の九郎兵衛が実は忠臣であったとする奇作『菊宴月白浪』を書いている。 天保年間上演された『裏表忠臣蔵』には、蜂の巣乱れで大事を知って寺岡右衛門江戸へと急ぐ「の平右衛門」が含まれている。またこの演目天保4年3月河原崎座上演された際には、三升二三治が市川海老蔵(後の7代目団十郎)と3代目尾上菊五郎のために清元の「道行旅路花聟」が書き下ろされており、これが現在では歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』取り込まれている。 安政期に書かれた『新舞台いろは書初』には現在でいう「松浦の太鼓」が含まれている。また黙阿弥の『仮名手本硯高島』には「徳利別れ」が含まれており、『忠臣後日建前』はいわゆる女定九郎」の物語であり、鶴屋南北草双紙題材黙阿弥仕上げたのである

※この「『仮名手本忠臣蔵』以後」の解説は、「忠臣蔵」の解説の一部です。
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