「人間」の定義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/26 21:34 UTC 版)
「ロボット工学三原則」の記事における「「人間」の定義」の解説
三原則は機械であるロボットが遵守するにはあまりに抽象的であり、実用上は多くの問題を含むが(だからこそアシモフは「三原則の62語から無限のアイデアを汲み出し」得たのだろうが)、特に重要と思われるのが第一条と第二条で述べられる「人間」の定義である。 具体的な例では、複数の人間に危機が及んでいるとき誰を優先して救助するか、犯罪者や子供の命令にも無条件で従うのか、そもそも機械であるロボットがそうした判断を行うこと自体が人権侵害に当たるのではないのか、などである。また、長編『はだかの太陽』では、育児用ロボットに「地球人はソラリア人より劣る有害な人種である」というデータが恣意的に入力され、それを教えられて鵜呑みにしたソラリア人の子供が地球人の主人公に遊戯用でも十分殺傷力がある弓矢を射掛ける、そしてロボットは上記データを考慮して地球人の救助という本来なら最優先の行動が遅れるという、人種差別の問題をも含む非常事態が生じている。 アシモフ自身も「ロボットに関する究極の結論」を求められた短編『心にかけられたる者』(『聖者の行進』所収)でこの問題に取り組んでおり、そもそも三原則を必要としないロボットの姿や、ロボット自らが考えるところの「三原則でもっとも優先されるべき人間」の定義が描かれている。また『バイセンテニアル・マン』(同)では、自ら人間になることを願ったロボットの姿を描き、人間とロボットとの境界線について論じている。 後年、『ロボットと帝国』ではこの問題が再び取り上げられている。R・ダニール・オリヴォーが「自分の頭脳には人間の外観や行動に関するデータがあり、それらと合致するかどうかで人間かどうか判断する」と述べるくだりがあり、またロボット自身の「人間」の定義や判断基準を歪めることで、三原則に抵触せずにロボットが人間を攻撃することも可能であることが示されている。こうした「人間」に関する考察は、後述の第零法則へとつながっていく。
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