"エベッツ・フィールドの首なし騎手"とは? わかりやすく解説

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"エベッツ・フィールドの首なし騎手"

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/09 06:54 UTC 版)

ベーブ・ハーマン」の記事における「"エベッツ・フィールドの首なし騎手"」の解説

打撃面様々な活躍をしたハーマンだったが、守備走塁面では考えられないようなボーンヘッドいくつもあり、チームメイトだったダジー・ヴァンスが、「エベッツ・フィールドの首なし騎手」("the Headless Horseman of Ebbets Field")とあだ名をつけるほどだった。 1926年8月15日エベッツ・フィールドでのブレーブスとの試合でのこと、ブルックリン満塁チャンスをつかみ、ルーキーだったハーマンライト強烈なライナー放った。しかし、当たりが良すぎて打球フェンス跳ね返った後、すぐに内野帰ってきたために、三塁走者生還したものの、足の速くなかった二塁ダジー・ヴァンス本塁へ進むことを一旦躊躇してしまう。ヴァンス三塁本塁間に挟まれ三塁戻ったが、そこには既に一塁にいたチック・フィースターが進塁してきていた。 ところが、そこへ二塁回った打者ハーマンがすべりこんで来た。ブレーブス三塁手エディ・テイラーは、三塁ベース上に立っていた三人走者次々タッチし結局前の走者追い越す形になったハーマンと、一塁から進んできたフィースターがアウトになったハーマン打った瞬間に「三塁打になる」と思いこみ、前の塁の状況をよく見ていなかったための珍事だった。この試合の後ドジャーズファンの間では、『ドジャーズ走者三人出してるぞ!』『おっ、どの塁だ?』というジョーク語られた。 ハーマン走塁でのボーンヘッドはこれにとどまらず1930年シーズンには、『1シーズンの間に、2度打者から追い越された』という珍記録残している。同年5月30日ゲームで、一塁にいたハーマンは、次の打者デル・ビソネットのホームラン打球行方をじっと見つめたまま、打者ビソネットから追い越されてしまった。同年9月14日にはやはり同じ場面でホームラン打った打者グレン・ライトに追い越されている。 1931年9月20日ゲームでは、当時セントルイス・カージナルス監督だったギャビー・ストリートが、選手怪我のため代役捕手勤めていた。当時48歳で、1912年最後に20年近くゲーム出ていなかったストリート相手に、ハーマン盗塁試みて失敗してしまっている。

※この「"エベッツ・フィールドの首なし騎手"」の解説は、「ベーブ・ハーマン」の解説の一部です。
「"エベッツ・フィールドの首なし騎手"」を含む「ベーブ・ハーマン」の記事については、「ベーブ・ハーマン」の概要を参照ください。

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