生態系サービス 生態系サービスの概要

生態系サービス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/11 17:11 UTC 版)

概要

森林の生態系サービスには様々なものがある(酸素供給・土壌流出防止・洪水防止など)

人類は、生態系によって提供される多くの資源とプロセスから利益を得ている。このような利益は、まとめて生態系サービスと呼ばれており、水の浄化や廃棄物の分解といった過程が含まれる。これらの自然の資産を人間が必要とする面において、生態系サービスは、他の生態系に由来する産物や機能と異なっている。生態系サービスは、次の4種類あるいは5種類に分割することができる[* 4]

  • (供給)食品や水といったものの生産・提供
  • (調整)気候などの制御・調節
  • (文化)レクリエーションなど精神的・文化的利益
  • (基盤)栄養循環[* 5]光合成による酸素の供給
  • (保全)多様性を維持し、不慮の出来事から環境を保全すること (※海外ではこれを除くことが多い)

人口が増加するにつれ、環境への負荷エコロジカル・フットプリント)も増加する。多くの人々は、これらの生態系サービスが無償で、壊れることが無く、無限に利用できるという誤解に汚染されていた。しかし、人類による酷使の影響は、絶えず明らかになってきている – 空気と水質はより危険になり、海では魚が濫獲され、伝染病は歴史上の限界を超えて広がり、森林伐採は洪水の調節能力を損なっている。氷で覆われていない地表の約40-50%が人類の活動によって変化あるいは劣化しており、漁場の66%は過剰あるいは限界に達するまで酷使されており、大気の二酸化炭素濃度は産業化開始から30%以上増加しており、過去2000年で鳥類のほぼ25%は絶滅した [1]

生態系サービスが脅威にさらされ限界状態になっているだけではなく、人類にとっての短期と長期のニーズのどちらを選択するのかについて早急な判断を迫られている…ということを、社会が理解し始めている。意思決定を行なう際に、人為的に運営される代替物で置き換えるコストに基づいて、多くの生態系サービスの経済価値を評価することが増えている。自然に対する経済価値を定めようとしている進行中の挑戦は、環境・社会的責任・ビジネスチャンス・人類の将来を、理解・管理することを通して、生態系サービスに関する研究が学際方向へ向かうことを促している。

歴史

人類は発祥の時から、人間が地球の生態系に依存していることについて、素朴な理解はもっていたであろう。当時は、狩猟採集者として、食糧としての自然産物・激しい気候から身を守る隠れ家としての生息地から利益を得ていた。人類に対するさらに複雑なサービスを生態系が提供するという概念は、少なくともプラトン(紀元前約400年)まで遡る (彼は森林伐採土壌流失や水源枯渇を招くかもしれないことを知っていた)[2]

生態系サービスの現代的な概念化は、1864年にマーシュが地中海沿いの土壌肥沃度に違いがあることを指摘することによって、「地球の天然資源が無限だとの既存概念」を覆したときから、始まったと考えられる [3]。当時は彼の観察と警告は見過ごされてしまい、その問題に対して再び社会の注意が向けられたのは、1940年代後期であった。この時代に、オズボーン[4]、フォークト[5]およびレオポルド[6]は、自然資本 [* 6]の概念を伴った、人間の環境への依存にづき、研究を進展させた。

1956年、シアーズは、廃棄物を処理して栄養循環させる生態系の重要な役割に対する注意を喚起した[7]。エールリッヒによる環境科学の教科書では、次のように注意を喚起している。「人間の生存に対する最も微妙で深刻な脅威は、人間自身の活動に由来する、ヒトという生物種がまさに依存している生態系を破壊する可能性である[8] 「生態的なサービス」という用語は、『重要環境問題に関する研究』[9]の中で提示され、またそこには昆虫媒介授粉(送粉)・漁場・気候制御・洪水予防がサービスとして例示されている。引き続く数年のうちに、用語が改定され、最終的には生態系サービスが科学文献での標準用語となった[10]

ストロマトライト藍藻類は、太古から酸素を供給している
糞虫のような動物は、廃棄物を一次生産者が再利用できる無機質に変えるのを助ける

生態系サービスは、以下の4種類あるいは5種類に分類できる[* 4][11][12]

供給サービス(Provisioning services)
食品の提供(猟場漁場など含む)
原材料(建築素材・繊維染料天然樹脂接着剤ゴム油脂医薬原料)
エネルギー資源水力バイオマス燃料
調整サービス(Regulating Services)
気候調整(光合成による二酸化炭素吸収を含む)
洪水制御
廃棄物の分解と無毒化
文化的サービス(Cultural Services)
文化的・知的・精神的な刺激
レクリエーション・エコツーリズムバードウォッチング
科学的発見
基盤サービス(Supporting Services)
栄養循環・土壌形成
作物の送粉と種子の拡散
水と空気の浄化[* 7]
伝染病の防御[* 7]
保全サービス(Preserving services)【注:海外ではこれを除く4種類[12]とすることが多い】
資源利用の確保(遺伝的多様性および種多様性の維持)
災害に対する備え(傾斜地崩壊の予防など)

生態系サービスを通した人間と生態系の関係を理解する素材として、以下の例を示す。

ニューヨーク市の水質浄化[13]
ニューヨーク市では、飲料水の水質が環境保護局が定める水準以下に落ち込んでいた。当局は、汚れてしまっていたキャッツキル水系(Catskill Watershed)(以前は市に水質浄化生態系サービスを供給していた)を回復させることを選んだ。汚水と農薬水系への流入を減少させると、自然な非生物的なプロセス(例えば化学物質の土壌吸着と濾過)と、根や土壌微生物を通した生物的なリサイクルによって、水質は政府基準を満たした水準まで改善した。自然資本の投資費用は、10億~15億ドルと推計され、水濾過プラントの推定建設費用3億ドルとその推定年間ランニングコスト約60億~80億ドルとは、劇的な対比をなした。
ハチによる送粉
アメリカ合衆国の食糧生産のうち、15-30%はハチによる作物への送粉が必要である。多くの大規模農家は、このサービスを作物に与えるため、非在来のミツバチを導入する。「カリフォルニア州の農業地帯で、野生のハチのみが部分的あるいは完全な送粉をもたらすことができた。あるいは、野生バチとミツバチとの行動の交互作用を通して送粉サービスを強化した」という報告がある[14] 。農場から1-2kmの距離にある野生バチが利用できるオーク森林と茂みの調和が、送粉サービスの供給を強く安定強化させることを、この研究は示している。
揚子江水系
揚子江水系において、生態学的に異なる森を通って流れる水系の空間モデルが、地域の水力発電に対する潜在能力を決定するために作製された。「水系の電力供給について、森をもし伐採した場合に比べて、森を維持することによる年間の経済的利益は2.2倍になる」という推定が、生態学的なパラメータ(植物・土壌・斜面の複合体)の相対的な価値を定量化することによって得られた[15]

  1. ^ エコロジカルサービス”. EICネット- 環境用語集. 2008年7月5日閲覧。
  2. ^ 厳密には生態系サービスは経済学上のである。供給サービスの産物(食糧・飲料水・木材・バイオマス燃料など)は有形の財、その他の生態系機能はサービスに分類される。
  3. ^ Costanza, Robert; Ralph d'Arge, Rudolf de Groot, Stephen Farber, Monica Grasso, Bruce Hannon, Karin Limburg, Shahid Naeem, Robert V. O'Neill, Jose Paruelo, Robert G. Raskin, Paul Sutton and Marjan van den Belt (1997). “The value of the world's ecosystem services and natural capital”. Nature 387: 253-260.  - 人為的な経済活動による世界総生産は、この論文では年間約18兆ドルとされている(これは当時の値であり、2017年時点での世界総生産は約80兆ドルである)。
  4. ^ a b 環境省生態系サービス『絵で見る環境白書・循環型社会白書』(平成19年版)https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/zu/h19/html/vk0701020100.html#1_22008年7月5日閲覧  環境白書に記載の分類にしたがって、英語版の記述を整理すると5種類。海外では、「保全サービス」以外の4種類を挙げることが主流である。
  5. ^ 物質循環の一種。生物が必要とする物質が生物圏を循環すること。 (エンカルタ百科事典ダイジェスト. “栄養循環”. 2008年7月5日閲覧。
  6. ^ 生態系サービスを生み出す元になる自然を「資本」とみなしたもの - 生態系のサービス”. 生態系と持続可能な経済系. 2008年7月5日閲覧。
  7. ^ a b 環境白書の分類では「調整サービス」
  8. ^ 自然環境・社会環境・人工環境と人間の関連についての生態学(human ecology)
  9. ^ 簡単に言えば、生態系の中には同じ役割を果たす種が複数いると仮定していること。
  10. ^ 生物統計学など一般の統計学の偏差・変動に相当する。通常は標準偏差で示す。野村證券 - 証券用語解説集 - ボラティリティ
  11. ^ ECOTRON:多くの生命および非生物的な自然要因をシミュレーションできるイギリスの研究施設
  12. ^ 財務省財務総合政策研究所 - 栗山浩一 (2005). “環境政策の費用便益分析”. フィナンシャル・レビュー 77: 149-163. http://www.mof.go.jp/f-review/r77/r77_149_163.pdf 2008年7月14日閲覧。. 
  1. ^ Vitousek, Peter M.; Harold A. Mooney, Jane Lubchenco, Jerry M. Melillo (1997). “Human Domination of Earth's Ecosystems”. Science 277: 494-499. http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/277/5325/494 2008年7月5日閲覧。. 
  2. ^ Daily, G.C. (1997). Man and Nature. New York: Charles Scribner.
  3. ^ Marsh, G.P. (1864(1965)). Nature's Services: Societal Dependence on Natural Ecosystems. Washington: Island Press.
  4. ^ Osborn, F. (1948). Our Plundered Planet. Little. Brown and Company: Boston.
  5. ^ Vogt, W. (1948). Road to Survival. William Sloan: New York.
  6. ^ Leopold, A. (1949). A Sand County Almanac and Sketches from Here and There. Oxford University Press, New York.
  7. ^ Sears, P.B. (1956). “The processes of environmental change by man.” In: W.L. Thomas, editor. Man's Role in Changing the Face of the Earth (Volume 2). University of Chicago Press, Chicago.
  8. ^ Ehrlich, P.R. and A. Ehrlich. (1970). Population, Resources, Environment: Issues in Human Ecology. W.H. Freeman, San Francisco. 157ページ
  9. ^ Study of Critical Environmental Problems. (1970). Man's Impact on the Global Environment. MIT Press, Cambridge.
  10. ^ Ehrlich, P.R. and A. Ehrlich. (1981). Extinction: The Causes and Consequences of the Disappearance of Species. Random House, New York.
  11. ^ Daily, G.C. (2000). "Management objectives for the protection of ecosystem services." Environmental Science & Policy 3: 333-339.
  12. ^ a b Millennium Ecosystem Assessment. (2005). Ecosystems and Human Well-Being: Synthesis. Island Press, Washington. 155pp.
  13. ^ a b Chichilnisky, G. and G. Heal. (1998). "Economic returns from the biosphere." Nature 391: 629-630.
  14. ^ a b Kremen, C. (2005). "Managing ecosystem services: what do we need to know about their ecology?" Ecology Letters 8: 468-479.
  15. ^ Guo, Z.W., X.M. Xio and D.M. Li. (2000). "An assessment of ecosystem services: water flow regulation and hydroelectric power production." Ecological Applications 10: 925-936.
  16. ^ Balvanera, P.; C. Kremen, and M. Martinez (2005). “Applying community structure analysis to ecosystem function: examples from pollination and carbon storage”. Ecological Applications 15: 360-375. http://www.esajournals.org/perlserv/?request=get-abstract&doi=10.1890%2F03-5192&ct=1 2008年7月8日閲覧。. 
  17. ^ Walker, Brian H. (1992). “Biodiversity and Ecological Redundancy”. Conservation Biology 6: 18-23. http://www.jstor.org/pss/2385847 2008年7月8日閲覧。. 
  18. ^ Naeem, Shahid (1998). “Species Redundancy and Ecosystem Reliability”. Conservation Biology 12: 39-45. http://www.jstor.org/pss/2387460 2008年7月8日閲覧。. 
  19. ^ a b Lawton, John H. (1994). “What Do Species Do in Ecosystems?”. Oikos 71: 367-374. http://www.jstor.org/pss/3545824 2008年7月8日閲覧。. 
  20. ^ Tilman, David; Clarence L. Lehman and Charles E. Bristow (1998). “Diversity-Stability Relationships: Statistical Inevitability or Ecological Consequence?”. The American Naturalist 151: 277-282. http://www.jstor.org/pss/2463349 2008年7月8日閲覧。. 
  21. ^ Elmqvist, Thomas; Magnus Nyström, Garry Peterson, Jan Bengtsson, Brian Walker, and Jon Norberg (2003). “Response diversity, ecosystem change, and resilience”. Frontiers in Ecology and the Environment 1: 488-494. http://www.esajournals.org/perlserv/?request=get-abstract&doi=10.1890%2F1540-9295(2003)001%5B0488%3ARDECAR%5D2.0.CO%3B2 2008年7月8日閲覧。. 
  22. ^ Grime, J. P. (1997). “Biodiversity and Ecosystem Function: The Debate Deepens”. Science 29: 1260-1261. http://www.sciencemag.org/cgi/content/summary/277/5330/1260 2008年7月8日閲覧。. 
  23. ^ Hardin, Garrett (1968). “The Tragedy of the Commons”. Science 162: 1243-1248. http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/sci;162/3859/1243 2008年7月10日閲覧。. 
  24. ^ Daily, Gretchen C.; Tore Söderqvist, Sara Aniyar, Kenneth Arrow, Partha Dasgupta, Paul R. Ehrlich, Carl Folke, AnnMari Jansson, Bengt-Owe Jansson, Nils Kautsky, Simon Levin, Jane Lubchenco, Karl-Göran Mäler, David Simpson, David Starrett, David Tilman, Brian Walker (2000). “The Value of Nature and the Nature of Value”. Science 21: 395-396. http://www.sciencemag.org/cgi/content/summary/289/5478/395 2008年7月13日閲覧。. 
  25. ^ DeFries, Ruth S; Jonathan A Foley, and Gregory P Asner (2004). “Land-use choices: balancing human needs and ecosystem function”. Frontiers in Ecology and the Environment 2: 249-257. http://www.esajournals.org/perlserv/?request=get-abstract&issn=1540-9295&volume=002&issue=05&page=0249&ct=1 2008年7月13日閲覧。. 
  26. ^ Farber, Stephen C.; Robert Costanza, and Matthew A. Wilson (2002). “Economic and ecological concepts for valuing ecosystem services”. Ecological Economics 41: 375-392. http://www.sciencedirect.com/science/article/B6VDY-45R7NTR-5/2/f17ccd95dacd2c01ad070676807ba9b1 2008年7月13日閲覧。. 


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