ウイルス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/20 12:54 UTC 版)
特徴
ウイルスは細胞を構成単位とせず、自己増殖はできないが、遺伝子を有するという、非生物・生物両方の特性を持っている。自然科学・生物学上、生物・生命の定義を厳密に行うことはできていないため、便宜的に細胞を構成単位とし、代謝し、自己増殖できるものを生物と呼んでおり、ウイルスは「非細胞性生物」あるいは「生物学的存在」と見なされている[23]。感染することで宿主の恒常性に影響を及ぼし、病原体としてふるまうことがある。
ウイルスを対象として研究する分野はウイルス学と呼ばれる。
一般的な生物との違い
一般的な原核生物 (例:大腸菌) |
マイコプラズマ | ナノアルカエウム・エクウィタンス | リケッチア | クラミジア | ファイトプラズマ | ウイルス | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
構成単位 | 細胞 | ウイルス粒子 | |||||
遺伝情報の担体 | DNA | DNAまたはRNA | |||||
増殖様式 | 対数増殖(分裂や出芽) | 一段階増殖 暗黒期の存在 | |||||
ATPの合成 | できる | できない | できる | できない | |||
タンパク質の合成 | できる | できない | |||||
細胞壁 | ある | ない | ある | ない | |||
単独で増殖 | できる | できない (他生物に付着) |
できない(偏性細胞内寄生性) |
ウイルスは以下のような点で、一般的な生物と大きく異なる。
- 非細胞性で細胞質などは持たない。基本的にはタンパク質と核酸からなる粒子である(→ウイルスの構造)。
- 大部分の生物は細胞内部にDNAとRNAの両方の核酸が存在するが、ウイルス粒子内には基本的にどちらか片方だけしかない。
- 他のほとんどの生物の細胞は2nで指数関数的に増殖するのに対し、ウイルスは一段階増殖をする。また、ウイルス粒子が見かけ上消えてしまう「暗黒期」が存在する。
- 代謝系を持たず、自己増殖できない。他生物の細胞に寄生することによってのみ増殖できる[24]。
- 自分自身でエネルギーを産生せず、宿主細胞の作るそれを利用する[24]。
なお、4はウイルスだけに見られるものではなく、リケッチアやクラミジア、ファイトプラズマなど一部の細菌や真核生物にも同様の特徴を示すものがある。
細胞は生きるのに必要なエネルギーを作る製造ラインを持っているが、ウイルスはその代謝を行っておらず、代謝を宿主細胞に完全に依存し、宿主の中でのみ増殖が可能である。ウイルスに唯一できることは他の生物の遺伝子の中に彼らの遺伝子を入れる事である。厳密には自らを入れる能力も持っておらず、細胞が正常な物質と判別できず、ウイルスのタンパク質を増産するのを利用しているだけである。
これらの性質から、ウイルスを生物と見做さない言説も多いが、メガウイルス、ミミウイルスなど、細菌に非常に近い構造を持つウイルスも存在することから、少なくとも一部は遺伝子の大部分を捨て去り、寄生に特化した生物の一群由来であろうことが強く示唆されている。一方、レトロウイルスとトランスポゾンの類似性もまた、少なくとも一部のウイルスは機能性核酸が独立・進化したものである可能性を強く示唆している。つまり、ウイルスとして纏められている物は多元的であり、人為分類群である可能性が非常に高い。
しかし、その後の研究で、メガウイルスやミミウイルスなどの巨大ウイルスも、遥かに小さく典型的なウイルスからトランスポゾンを経て、比較的最近になって進化・巨大化した説が強くなっている。2019年、ICTVは、巨大ウイルスをウァリドナウィリアのバンフォルドウイルス界、巨大核質DNAウイルス門、メガウイルス綱に分類した。これは天然痘ウイルスやアフリカ豚熱ウイルスに比較的近い。両者はポリントンと呼ばれる、原生生物のDNA内に組み込まれているトランスポゾンから進化した可能性が高いとされる。これは、主要カプシドタンパク質やパッケージングタンパク質の比較から強く支持される[25]。
ウイルスの系統
ウイルスはタンパク質の殻の中にある遺伝物質の違いから、大きくDNAウイルスとRNAウイルスに分けられる(詳細は「ウイルスの分類」を参照)[7]。
ウイルスの命名は国際ウイルス分類委員会(国際ウイルス命名委員会、International Committee on Taxonomy of Viruses)が管理しており、遺伝物質がDNAウイルスかRNAウイルスか、環状か鎖状か、宿主の種類などをもとに生物と同様に科、属、種を分類して命名している[7]。
注釈
出典
- ^ “Virus Taxonomy: 2021 Release”. International Committee on Taxonomy of Viruses (ICTV). 2022年4月19日閲覧。
- ^ 「国際ウイルス分類委員会の新しい分類体系(「ICTV New Taxonomy Release(2019)」)で提唱された目より上位の分類(2020年3月承認)」神谷茂 監修、錫谷達夫・松本哲哉 編『標準微生物学 第14版』付録:表 27-4、医学書院、2021年(2022年4月19日閲覧)
- ^ a b 辻野 2010, p. 63.
- ^ 森安史典『あなたの医学書 C型肝炎・肝がん』(誠文堂新光社、2009年)17ページ ISBN 978-4-416-80933-4
- ^ パトリック・フォルテ―ルはパスツール研究所及びパリ=サクレ大学の名誉教授。インタビュー記事「ウイルスは生命体」『朝日新聞』GLOBE(朝刊別刷り)233号/2020年9月6日付【特集】世界はウイルスに満ちている(7面)による。
- ^ 中屋敷均 2016, p. 136-137.
- ^ a b c d e f g h i j k l 見えざるウイルスの世界 (PDF) 東京大学医学部・東京大学医学部附属病院 健康と医学の博物館(2021年8月22日閲覧)
- ^ 山内一也:病気を引き起こすのは「氷山の一角」『朝日新聞』GLOBE(朝刊別刷り)233号/2020年9月6日付【特集】世界はウイルスに満ちている(3面)
- ^ 国際組織「生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム」(IPBES)による。【環境】パンデミックを防ぐため、世界的な自然保護政策を、報告書/哺乳類や鳥類に未知のウイルスは推定170万種、うち85万が人間に感染する恐れ ナショナルジオグラフィック日本語サイト(2020年11月4日)2021年6月24日閲覧
- ^ Definition of "virus" > Translations for 'virus' (Collins English Dictionary)
- ^ William T. Stearn: Botanical Latin. History, Grammar, Syntax, Terminology and Vocabulary. Third edition, David & Charles, 1983. 「Virus: virus (s.n. II), gen. sing. viri, nom. pl. vira, gen. pl. vīrorum (to be distinguished from virorum, of men).」
- ^ Pons: virus
- ^ e.g. Michael Worboys: Cambridge History of Medicine: Spreading Germs: Disease Theories and Medical Practice in Britain, 1865-1900, Cambridge University Press, 2000, p. 204
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- ^ 『文章表現辞典』(東京堂出版、1965年)p.48
- ^ 野田省吾「学術集談会演説要旨」『実験医学雑誌』1937年 21巻 4号 pp.385-388, doi:10.3412/jsb1917.21.4_38
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- ^ a b c 細菌とウイルスとの違い? - 東邦微生物病研究所
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- ^ “Wendell M. Stanley - Facts”. NobelPrize.org. 2020年4月6日閲覧。
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- ^ 驚異のウイルスたち(3)「巨大」出現 新生命体へ進化?多数の遺伝子 揺らぐ定義『日本経済新聞』朝刊2020年6月7日(サイエンス面)2020年6月10日閲覧
- ^ “Coronavirus Resource Center” (英語). Harvard Health (2020年2月28日). 2022年6月12日閲覧。
- ^ 「日本ウイルス療法学会が発足、理事長は東大医科研の藤堂具紀教授」日経バイオテク(2022年10月31日)2022年11月26日閲覧
- ^ 中屋敷均 2016, pp. 27–30.
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