生霊
*関連項目→〔霊〕
★1a.憎しみの念が生霊となる。
『生霊』(小泉八雲『骨董』) 瀬戸物屋喜兵衛の店に、若い手代が新たに雇われ、たいへん良く働いた。しかし喜兵衛の妻は、「この利口な手代が、身代(しんだい)を横取りするのではないか」と疑い、手代を憎む。憎しみの念は生霊となり、手代を苦しめる。手代は昼も夜も、喜兵衛の妻の幻につきまとわれ、病気になってしまった。事情を知った喜兵衛は、手代を店から出し、他の町の支店をまかせる。やがて手代は健康を取り戻した。
『葵上』(三島由紀夫) 深夜の病院の一室。睡眠療法を受けている妻・葵に、夫の若林光が付き添う。光の愛人・六条康子の生霊が現れ、「私を捨てないで」と言って光にすがりつく。葵はうめき出し、「助けて、助けて」と悲鳴をあげる。光が康子の家へ電話をかけると、康子の本体は自宅の寝室にいた。康子の生霊は光を病室の外へ誘い出し、葵はベッドから転がり落ちて死ぬ。
*→〔妬婦〕1bの『源氏物語』「葵」では、「六条康子(やすこ)」ならぬ「六条御息所(みやすどころ)」が生霊となって、葵の上を取り殺す。
『今物語』第36話 鎌倉武士が出家入道し、高野山にこもって修行する。鎌倉の妻が、夫恋しさに生霊となり、夜な夜な高野山の夫のもとを訪れて、故郷のことや暮らし向きのことなどを語り合う。聖(ひじり)たちが、「そんなことでは往生の妨げになる」と言って念仏を唱えると、夫の眼には、妻の顔が真ん中から2つに割れ、散るがごとく消えるありさまが見えた〔*鎌倉の妻には異状なく、無事だった〕。
『今昔物語集』巻27-20 近江国の女が民部大夫の妻となったが、やがて棄てられた。女は恨み、身体から生霊が抜け出て、民部大夫の住む京へ行く。生霊は途中で道に迷い、通りかかった旅人に頼んで、民部大夫の家まで連れて行ってもらう。夜明け前のことで、旅人の目には、生霊は恐ろしげな女の姿に見えた〔*生霊は民部大夫を取り殺す。近江国の女は、生霊の活動を自覚していた〕。
★3.生霊を落とすことはきわめて難しい。それに比べれば、死霊を鎮める方が幾分か容易である。
生霊憑(水木しげる『カラー版幽霊画談』) 享保14~15年(1729~30)頃の京都。ある娘が、近所の問屋の息子に思いをかけ、生霊となってとりつき、息子は寝込む。和尚が祈祷をするが、生霊を落とすことはできない。しかし祈祷の験(しるし)はあったというべきか、娘は突然死んでしまった。だが、娘は死霊となって相変わらず息子にとりついている。そこで和尚が再び祈祷をすると、死霊は暇乞いをして息子の身体から離れ、以後2度と現れなかった。
『華岡青洲の妻』(有吉佐和子) 華岡青洲は麻酔剤の研究をするために、多くの犬や猫を実験台にした。死んだ動物たちに対しては、魂を鎮めるための供養を怠らなかった。しかし、麻酔で脳を犯されて家の中をふらふら歩く犬や猫については、その魂を慰める方法がなかった。華岡青洲の妹が乳癌で死んだ時、家族や使用人たちは「犬や猫の生霊のたたりだ」と考えた。
『現代民話考』(松谷みよ子)7「学校ほか」第1章「怪談」の17 昭和54年(1979)6月、池袋で聞いた女子大生の話。仲間のヒデ子を学内で見かけたが、帰る時になったら姿が見えない。友人たちも、それぞれ別々の時間に学内でヒデ子を目撃していた。しかし不思議なことに、各自、異なる髪型・服装のヒデ子を見ていた。翌日ヒデ子に聞くと、彼女は昨日は大学をズル休みし、1日中鏡の前で、髪型や服装をいろいろ変えて楽しんでいた、と言った(東京都)。
★4b.逆に、身体から抜け出た魂が、遠方の鏡に映し出される。
『不思議な鏡』(森鴎外) 明治45年(1912)の新年早々、「己(おれ)」の魂は身体から抜け出た。魂の形は青い火の玉ではなく、身体そのままの影だった。魂は山の手から下町へ飛び、大勢が働く某出版社の、座敷の大鏡に吸い込まれる。鏡には「己」が、肘掛け椅子に座った姿で映し出された。田山(花袋)君が鏡の前へ来て、「己」と話をする。しばらくの会話の後、「己」の魂は鏡の面を離れ、自分の身体に戻った。
★4c.鏡と魂は、密接な関係がある。
『紅楼夢』第56回 賈宝玉は13歳の頃、夢で自分そっくりの少年を見て、「宝玉さん」と呼びかけた。侍女の襲人(しゅうじん)が彼を起こし、「部屋の鏡に、若様が映っているのですわ」と言う。別の侍女が、「人間は年齢(とし)がゆかぬうちは、魂がしっかり身体に入っていないから、鏡に映しすぎると、おかしな夢を見たりするものです」と説明する。
★5.にせの生霊。
『なまみこ物語』(円地文子) 一条帝は中宮定子を寵愛した。藤原道長は定子を失脚させようとはかり、巫女の姉妹に定子の生霊を演じさせる。にせ生霊は一条帝や道長の面前で、新中宮彰子(=道長の娘)を呪い、おぞましいふるまいを見せつける。その時、本物の定子の生霊が出現して、自らの真心を一条帝に訴え、道長のたくらみは失敗する〔*しかし定子はまもなく死去し、道長は望みどおり一条帝の外戚となる〕。
生霊と同じ種類の言葉
Weblioに収録されているすべての辞書から生霊を検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。
全ての辞書から生霊 を検索
- >> 「生霊」を含む用語の索引
- 生霊のページへのリンク