ボディ・装備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 06:18 UTC 版)
「フォルクスワーゲン・タイプ1」の記事における「ボディ・装備」の解説
全鋼製セミ・モノコック構造の流線型で、「カブトムシ型」といわれるヤーライ流線型ボディの典型である。ドイツではまだ木骨ボディの大衆車も多かった1930年代に、プレス鋼板による量産性や耐久性、安全性を考慮していち早く全鋼製ボディを採用したことには先見の明があった。丸みの強いボディは空気抵抗が小さいだけでなく、鋼材の節約や強度確保、それらに伴う軽量化の効果もあった。 なお、ボディ形状は2ドアセダンないしカブリオレのみで、4ドア型は特殊モデルを除いて存在しない(にも関わらず、タクシーやパトロールカーなど、本来なら4ドア車使用が適当な用途にもしばしば用いられていた。フォルクスワーゲンは、タイプ1よりも上級のモデルとして1961年に発表したタイプ3でも、なぜか2ドアないし3ドアを踏襲し、実用性に勝る4ドアモデルを作らなかった)。リアシートへのアクセスの都合もあり、フロントシートは左右独立したセパレートタイプである。 デザインは後にポルシェ・356のオリジナルデザインも手がけたポルシェ社所属のデザイナー、エルヴィン・コメンダによるもので、「ヒトラーのデザイン」という奇妙な説が一部にあるが誤りである。類似した流線型車は1930年代のトレンドであったが、コメンダのデザインは独立式フェンダーやホイールベース間の側面ステップを残す古典性はあるものの、1930年代後期としては流麗で完成度が高かった。 長い生産期間を通じ、窓形状やフード、フェンダー、バンパーなどの形状変更は枚挙に暇がなく、これによって個体の年代識別も可能であるが、「独立フェンダーとホイールベース間のサイドステップを持つカブトムシ型」という流線型ボディの基本的なデザインモチーフは一貫して踏襲され、世界的に親しまれた。 もっとも、ボンネット内容積・幅員が有効利用されていないなど実用面の弱点もあり、1930年代基準のデザインは、1950年代中期時点ですでに「時代遅れ」と評されていたのであるが、大きな変更もなくそのまま生産が続けられた。 その全鋼製ボディは、当時の車としては気密性も高く(窓を閉めておけば)「水に浮く車」としても有名だった。ほとんど無改造のビートルがイタリアのメッシーナ海峡を横断したり、フォルクスワーゲンの実験では、エンジンをかけたままプールに沈めたところ、9分あまりも沈まなかったという。洪水に流されたが無事だった、というエピソードもいくつかある。 スペアタイヤは通常サイズのものがフロントノーズ内に斜めに収納されているが、その空気圧は高めに設定されウインドウウォッシャーの噴射ポンプ代わりにも利用された。タイヤ空気圧が走行適正空気圧まで落ちるとウインドウウォッシャーが作動しなくなる弁が備わり、空気圧管理もできるようになっている。(もっとも経年劣化によるエア漏れが多く、後から電動ポンプ式に改装したユーザーが少なからず存在する) 快適装備類は大衆車故に時代に応じた最小限ではあったが年々増強されていった。ヒーターは標準では空冷エンジン車で多用されるエンジン冷却風の単純な導入でなく、排気ガスの廃熱を熱交換器で取り入れて車内を暖める方式で、正常な状態ならガソリンや排気ガスによる臭気・空気汚染が起きない設計であり、さらに1963年モデル以降はそれまでより暖房効率を高める改良が行われている。またこれでは不足な酷寒地では、別にガソリン燃焼式の温風ヒーターを、フロントノーズ内にオプション搭載することができた。末期にはエンジンルームの空隙を利用したコンプレッサー装備でクーラーの搭載も可能になっている。 1950年代以降、カーラジオなどのオーディオ類も装備されるようになったが、ラジオに関してはドイツ本国仕様だけでもテレフンケンやブラウプンクトなど複数メーカーの製品が採用されており、アメリカ輸出仕様や日本仕様でも各国の電波法・放送局・メンテナンス事情に合わせて現地製カーラジオが搭載されるなど一様ではない。 ボディ、シャーシとも簡潔な構成で改造の余地が大きい自動車であったが、これを生かして1960年代にはバスタブボディを被せたデューン・バギーが生まれ、カリフォルニアの砂漠地帯などでファンカーとして楽しまれた。また、バギーカーレースであるカルフォルニアで行われる「バハレース」用でもビートルが活躍し、オフロード仕様に改造されたビートルを「バハ・バグ」と呼ぶようになった。別例を挙げれば「ミニ・モーク」等各社からバギーカースタイルの悪路走破を一番目的としないレジャー・カーがリリースされた。 1970年代には、キャル・ルック (California Look) と呼ばれるスタイルのカスタム・ビートルがアメリカ西海岸を中心とする若いエンスー達によって生まれた。これはドラッグレースカーのようにフロントの車高を下げ、チューンしたエンジンを搭載しながらも、ボディはシンプルにとどめたストリートスタイルである。現在においても当時の復刻アルミホイールやポルシェのホイール流用、アフターパーツとしてのボディキットなどビートルの改造スタイルの主流として多くの愛好者が存在している。 フォルクスワーゲン・タイプ82E(1941-44年)、キューベルワーゲンのシャーシにKdFのボディを載せたもの、1945年からタイプ51に名称変更。 フォルクスワーゲン・タイプ18A(1949年)、ヘプミューラー製(後にパプラー製)の警察用コンバーチブル。 フォルクスワーゲン・タイプ14A(1950年)、ヘプミューラー製2座コンバーチブル。 フォルクスワーゲン・タイプ15(1961年)、カルマン製4座コンバーチブル。 フォルクスワーゲン・1302S(1971年)、前輪サスの形式が変更になりボンネットが膨らんだ。 フォルクスワーゲン・1303(1973年)、前面ガラスが曲面ガラスに変更された。 フォーミュラ・Vee(1966年)、ビートルを利用したレースカー バハ・バグシャシ、ボディ流用の悪路走破重視であるカスタムカーの部類に入る デューン・バギーバハ・バグ同様シャシのみ流用のカスタムカー。
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