Xバー理論 Xバースキーマ

Xバー理論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/28 07:22 UTC 版)

Xバースキーマ

基本原理

Xバー理論の「X」は数学上の変数と同じであり、名詞 (N)、動詞 (V)、形容詞 (A)、前置詞 (P) などの統語範疇 (一般用語上の品詞) を表すが当てはまる。「Xバー」とは、X (すなわち語) よりも大きい文法単位であり、Xシングルバー、Xダブルバーというように次第に大きくなる。Xダブルバーは句 (XP) に相当する。 (例: 名詞句 (NP)、動詞句 (VP)、形容詞句 (AP)、前置詞句 (PP); も参照のこと)。

Xバー理論では、全ての句範疇が図1の構造をもつと仮定する。この鋳型構造をXバースキーマという。

図1に示すように、Xバー理論で句範疇XPはXと上二重棒線で示される[注 5]。なお、表記上の問題で、バー表記は「X'」のようにプライム (') で代替されることが多い。以下では、句範疇の表記はXダブルバーではなくXPに統一する。

Xバー理論には、中核となる2つの原理がある。

  • 主要部の原理 (: headedness principle): 全てのは主要部を持つ[8]

  • 二股枝分かれの原理 (: binarity principle, binary-branching principle): 全ての節点は二股に枝分かれする[8]

主要部の原理は、上記1と3の問題を同時に解消する。二股枝分かれの原理は、下記で説明する投射および曖昧性において重要な概念である。

Xバースキーマは、主要部の原理により、主要部とその周辺要素で構成される。該当する構成要素は、以下の通りである。

  • 指定部 (: specifier): [義務的] Xシングルバーと姉妹関係にある節点[9]:587。統語位置そのものの名称であり、基本的に意味的な定義はない。
  • 主要部 (: head): [義務的] 句の核。語彙 (: lexeme) が当てはまり、句全体の形や性質を決定する[9]:249
  • 補部 (: complement): [義務的] 主要部が要求する

  • 付加部 (: adjunct): [随意的] 主要部から成る句の修飾詞

指定部、主要部、補部は義務的であり、句範疇XPは必ず1つの指定部、主要部、補部を含む。一方、付加部は随意的であり、1つの句範疇は0個以上の付加部を含む。したがって、ある句範疇XPが付加部を含まない場合、その構造は図2のようになる。

具体例として、John studies linguisticsという文におけるlinguisticsという名詞句 (NP) は、図3の構造をもつ。

二股枝分かれの原理及び指定部と補部の義務制から、これらの統語位置を占める要素がなくとも、要素が当てはまりうる空の統語位置が存在すると仮定する点に注意が必要である。このように考えると、PSRの場合とは異なり、別々の句が別々の構造を持つと想定する必要がなくなり、上記2の問題が解消される。なお、図3における空位置は、図4のように省略表記されることも多い。

このように表記する場合、Xシングルバーレベルの節点が必ず存在する[6][10]ということに注意が必要である。

次に、図5に示すとおり、XダブルバーとXシングルバーは主要部Xの性質を継承する。これを、投射 (: projection) という[9]:489

図5は、Xバー理論において統語構造はボトムアップ式に派生されることを同時に示している。この派生は、以下の順を経る。

  1. 主要部に語彙が当てはめられる。主要部は、形式上「Xゼロバーレベル」であるため、ゼロレベル投射 (: zero-level projection) と呼ばれることがあり、X0と表記される[11]
  2. 主要部と補部が結びつき、半句範疇 (句の大きさに満たない統語範疇) であるX (Xシングルバー) を形成する。この範疇は、中間投射 (: intermediate projection) と呼ばれる[6]
  3. (付加部がある場合、Xが付加部と結びつき、もう1つのXを形成する。付加部が複数ある場合、この手順が繰り返される。)
  4. 中間投射と指定部が結びつき、完全な句範疇であるXP (Xダブルバー) が形成される。この範疇は、最大投射 (: maximal projection) と呼ばれる[6]

手順3以外は義務的であることに注意が必要である。したがって、1つの句範疇は必ずX0X、XP (=X'') を含む。また、X0より大きい節点 (すなわち、XとXPの節点) から成る構造を、構成素 (: constituent) という。

枝分かれの方向性

図1-5は英語の語順を元としているが、二股枝分かれの原理は節点がどちら側に枝分かれするかは規定しないため、原則としてXバースキーマは枝分かれ節点の方向性を指定しない。例えば、John read a long book of linguistics with a red coverという2つの付加部を含む文は、図6と図7いずれかの構造をもつ。(慣例に従い、一部の句範疇の内部構造を△で省略する。)

The book of linguistics with a red cover is longの意の場合は図6の構造となり、The long book of linguistics is with a red coverの意の場合は図7の構造となる。(#階層構造も参照。) 重要なのはN'2とN'3の枝分かれ接点の方向性であり、一方は左側枝分かれ、他方は右側枝分かれとなっている。このように、二股枝分かれの原理の上では枝分かれの方向は自由である。

次に、主要部と補部の位置関係は、原理とパラメータのアプローチ (: principles-and-parameters approach)[12]に基づき、主要部パラメータ (: head parameter) で言語ごとに決定される。(Xバースキーマ自体はこの位置関係を規定しない。) 原理とは全ての言語における共通規則を指し、パラメータとは通言語的な可変部分を指す。パラメータは二者択一であり、主要部パラメータの場合は [±head first] という値を元に、言語ごとにプラスかマイナスの値を設定することになる[9]:424。この値をプラスに設定した場合、英語のように主要部先導型 (: head-initial) となり、マイナスに設定した場合、日本語のように主要部終端型 (: head-final) となる。例として、「John ate an apple」 と 「ジョンがリンゴを食べた」の構造は、それぞれ図8、9のようになる。

なお、指定部の節点の枝分かれも原則方向性は規定されない。一方で、英語と日本語では共通して主語が動詞句の左側に現れることから自然言語では共通して指定部は左側枝分かれとなるという見かたもあれば、Saito and Fukui (1998)[13]のように、指定部の枝分かれ方向は主要部パラメータに依存して決まるという見かたもある。


  1. ^ 「Xバー式型」という日本語訳が与えられることもある。
  2. ^ 主要部ない句構造を指す。
  3. ^ 括弧内の句範疇は随意的であることを表す。
  4. ^ 主要部ある句構造を指す。
  5. ^ Jackendoff (1977)[4]では、Xトリプルバーレベルまで仮定されている。
  6. ^ その後、Pollock (1989)[15]によりIは T(ense)Agr(eement) の2つの機能範疇からなるという仮説が提案された。一方、機能範疇AgrはChomsky (1995)[16]で、LFでの機能がないことを理由に存在を棄却された。故に、現在の統語論では節は機能範疇Tを主要部とするTPであるという考え方が主流である。
  7. ^ 図10の構造において、文全体の語順は接辞移動 (: affix hopping、affix movement) により派生される。接辞移動とは、統語形成が終了したのちに音韻部門 (PF) で適用される操作で、屈折辞の /-s/ という「音」を動詞の位置に移動させ付加する[9]:16。Chomsky (1981)[14]では、この時制接辞移動は規則R (: Rule R) と呼ばれている。
  8. ^ 同様に補文を導くwhetherも補文標識として扱われることがあるが、Nakajima (1996)[17]などをはじめとする多くの研究者が、whetherはCPの主要部位置に生起するのではなく、CPの指定部位置 (Spec-CP) に生起するものとして扱っている (wh語の分析と同様)。これはすなわち、whetherはC0ではないと言うのと遜色なく、どの統語範疇に属するのかは研究者によって意見が分かれる。
  9. ^ Wh移動は、Chomsky (1973)[19]下接の条件英語版 (: Subjacency Condition) に従い、連続循環的 (: successive cyclic) に、すなわち全てのSpec-CPを経由して適用される。
  10. ^ 主要部移動の詳細議論はBaker (1988)[20]を参照のこと。
  1. ^ Chomsky, Noam (1955). The Logical Structure of Linguistic Theory. Cambridge, MA: MIT Press .
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  4. ^ a b Jackendoff, Ray (1977). X-bar-Syntax: A Study of Phrase Structure. Cambridge, MA: MIT Press 
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  7. ^ 岸本, 秀樹 『ベーシック生成文法』ひつじ書房、東京、2009年。 
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  11. ^ Basic English Syntax with Exercises”. 2021年10月22日閲覧。
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  13. ^ Saito, Mamoru; Naoki, Fukui (1998). “Order in Phrase Structure and Movement”. Linguistic Inquiry 29 (3): 439-474. 
  14. ^ a b c Chomsky, Noam (1981). Lectures on Government and Binding. Cambridge, MA: MIT Press 
  15. ^ Pollock, Jean-Yves (1989). “Verb Movement, Universal Grammar, and the Structure of IP”. Linguistic Inquiry 20 (3): 365–424. 
  16. ^ a b c Chomsky, Noam (1995). The Minimalist Program. Cambridge MA: MIT Press 
  17. ^ Nakajima, Heizo (1996). “Complementizer Selection”. The Linguistic Review 13: 143-164. 
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