音速 物性値の例

音速

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/28 01:37 UTC 版)

物性値の例

国立天文台が発行する理科年表から、種々の物質中の音速を例示する[13]。原則として気体は 1気圧 0℃での値、その他は概ね常温。

物質名 縦波 [m/s] 横波 [m/s]
乾燥空気 331.45
水蒸気(100℃) 473
1500
海水 1513
3230  1600
水素 1269.5
ヘリウム 970
窒素 337
酸素 317.2
塩素 205.3
アルゴン 319
水銀 1450
グリセリン 1986
ベンゼン 1295
エタノール 1207
四塩化炭素 930
二酸化炭素 258
ベリリウム 12890 8880
アルミニウム 6420 3040
5950 3240
3240 1220
1960 690
溶融水晶 5968 3764
ポリスチレン 2350 1120
軟質ポリエチレン 1950 540
天然ゴム 1500 120

音速の研究史

古代

古代および中世において、音速を実際に測定したという記録はない[14]。しかし、音が光に比べて遅い速度で伝わるということは、古代から知られていた。たとえば紀元前1世紀に、ルクレティウスは、雷の光が目に届いてから雷鳴が聞こえることや、遠くで木こりが木を切ったのが見えてから木を切る音が聞こえることを指摘している[15][16]

また古代ギリシアでは、音の高さによって音速が異なるかについて議論になっている。たとえばアルキタスは、高い音は速く伝わり、低い音はゆっくり伝わると述べていた。なぜなら、棒で何かをゆっくり叩くと低い音が聞こえ、すばやく叩くと高い音が聞こえるからである[17]。これに対してテオプラストスは、異なる高さの音によってつくられる協和音が同時に聞こえることから、高い音と低い音では音が伝わる速さには差がないと述べている[18]

初期の音速測定

マラン・メルセンヌ

1627年、フランシス・ベーコンは著書『森の森』の中で、音速を測定する方法について書いた。寺院の尖塔にろうそくを持った人を立たせ、ろうそくの前にヴェールを置く。そして、鐘を打つと同時にヴェールを取り除かせる。観測する人は尖塔から1マイル離れた野原にいて、ろうそくの光が見えた時間と鐘の音が聴こえた時間の差を、自分の脈拍を使って測る[19][20]

ただしベーコンは自分ではこの方法を試していない[19]。音速を初めて測定した人物として名前が挙げられるのは、ピエール・ガッサンディあるいはマラン・メルセンヌである。

ガッサンディは1635年、大砲の音を利用して、音速を毎秒478メートルと計算した。またガッサンディは、古代から伝えられていた「高い音は速く伝わる」という説を否定し、音速は音の高低や強弱によらず一定であり、また風速にも影響されないと主張した(ただし音速が風に影響されないというのは現代から見ると誤り)[21][注釈 1]

メルセンヌは音響学に関する書『普遍的和声』(1636,1637)を著し、その中で、砲声を利用して音速を求める測定について記した。これはベーコンが提唱したのと同じ測定法である。メルセンヌはこの測定法によって、音は空気中を毎秒230トアズ(448メートル)の速さで伝わり、その速さは音の種類や風向きなどに依存しないという結果を得た[22][23]。メルセンヌはこの結果から、音波が地球を一周するのにかかる時間を21時間5(2/3)分と計算して、最後の審判の日に天使が吹き鳴らすトランペットの音は「約10時間以内に地球上のいたるところで聞きとられるであろう」と記した[24]

メルセンヌはさらに、自らが音を発して、その音が壁に反射して返ってくるまでの時間を計るという方法も試みている。この測定では、音の速さは毎秒162トアズ(316メートル)という結果を得た[25]。砲声での測定と異なる値となったが、メルセンヌは最終的に、砲声の実験で得た毎秒230トアズのほうを音速値として採用している[26]

科学アカデミーにおける音速測定

1657年、ガリレオ・ガリレイの弟子たちによって、フィレンツェに最初の科学アカデミー「アカデミア・デル・チメント」が設立された[27]。このアカデミーでは様々な実験がなされたが、その1つに音速の測定があった。

音速研究に取り組んだのはヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニジョヴァンニ・ボレリで、実験自体はアカデミーが正式に設立される前の1656年におこなわれている。測定方法は銃声が聴こえるまでの時間を振り子を使って求めるというもので、測定により、振り子が15.5回振動する間に、音は1.2マイル(3600ブラッチア)進むという結果が残されている。振り子の長さや周期が書かれていないためこの数値だけでは音速は分からないが、別の実験で使われていた振り子の周期などから判断して、このとき得られた音速値は毎秒361メートルと推定されている[28][29]

デル・チメント設立後、パリの科学アカデミーやロンドンの王立協会が設立され、そこでも音速の値が測定された。パリ科学アカデミーの音速実験は、1677年にジョヴァンニ・カッシーニクリスティアーン・ホイヘンスジャン・ピカールオーレ・レーマーらによって砲声を使っておこなわれ、毎秒1097パリフィート(356メートル)と測定された[30](王立協会の測定については後述)。

ニュートンによる理論化

アイザック・ニュートン

音速値を初めて理論的に導き出したのはアイザック・ニュートンである。ニュートンは、音は空気の細かな粒子が押しつぶされたり膨らんだり繰り返すことで伝わってゆくと考えた。その上で、1687年に出された著書『プリンキピア』第2篇第8章の中で、次のように記している。

命題48・定理38 脈動が弾性的な流体中を伝えられてゆくそれぞれの速度は、流体の弾性力がそれの圧縮され方に比例すると仮定するかぎりにおいて、(流体の)弾性力の比の平方根と(流体の)密度の逆比の平方根との積の比にある。[31]

ここでいう「弾性力」とは、現代でいう体積弾性率 K [N/m2] を意味する。したがって、速度を v [m/s]、密度を ρ [kg/m3] とおくと、上記のニュートンの定理は

ジャン=バティスト・ビオ

1802年、ジャン=バティスト・ビオは、空気は急激に圧縮させると温度が上がり、膨張させると温度が下がることにふれた上で、音の伝播について次のように述べた。

音の伝播における空気の膨張と収縮の繰り返しは、それをこうむる粒子中に、我々が上でその存在を理解した温度変化と類似の同程度のごく小さな温度変化を必然的に引き起こす。そしてこの変化はその弾性に影響を及ぼす。その結果、空気の弾性がその密度に比例するという法則が成り立つのは、この流体が再び静止した上で体積変化をこうむる以前の温度を回復してからに限られる。濃縮と希薄化が短い間隔で繰り返される運動状態にあっては、相応する温度変化を考慮しなければならなくなる。[50]

音は空気の膨張・収縮によって伝わるとすると、その際に空気の温度は変化することになる。ニュートンは音の伝播を等温変化ボイルの法則が成り立つ)として計算したが、音速を正しく求めるならば、温度変化も考えなければならない。ビオはラグランジュの手法を使って、弾性力が密度の1+α乗に比例すると考え、このとき音速は、これまでの理論値の

ピエール=シモン・ラプラス

ピエール=シモン・ラプラスも、ビオと同じように空気の圧縮にともなう熱を考慮に入れるべきだと考え、そして、この空気の圧縮・膨張は、現在の用語でいう断熱変化であると考えた[53]

この理論によると、ビオが述べたように弾性力は密度の 1+α 乗に比例し、その 1+α の値は、空気の定積モル比熱定圧モル比熱の比で表せる[54]

すなわち、1+α = γとおくと、

そしてこのγを使うと、音速vは、

と書くことができる。このラプラスの研究によって、音速の理論はほぼ完成された[54]

ラプラス以後

ラプラスの式におけるγの値は、およそ1.4であることは分かっていたが、正確な値は求められていなかった。そのため、ラプラス以後は音速を実験で正確に求めることでγの値を定めようとする動きが起こった[54]。また、音速の測定方法についても変化が見られ、ガラス管の中に作った定常波から求める方法もあみだされた[54]

1827年、コラドンとステュルムは、ボートから水中に鐘を沈め、その鐘の音が聴こえるまでの時間を計ることで、水中の音速を測定した[54]

固体中の音速については、古くは1800年前後に、エルンスト・クラドニが、棒を手で擦ることにより測定していた。クラドニはその結果、固体中では空気中よりも音がはるかに速く伝わることを発見し、空気中の音速を1としたとき、錫は7.5、銅は12、ガラスは17の速さになることなどを導いた[55]。その後ビオも、鋳鉄中の音速を測定し、毎秒約3500メートルという値を得た[56]。1866年にはアウグスト・クントが、金属の棒をこすって定常波を起こすことで、固体中の音速を測定した[57]

脚注


注釈

  1. ^ しかし、ガッサンディの音速に関する研究はすべてメルセンヌの引き写しだとする見解もある(ハント(1984) pp. 153–154)。
  2. ^ 命題48・定理38の「流体の弾性力がそれの圧縮され方に比例すると仮定するかぎりにおいて」の箇所

出典

  1. ^ [1]
  2. ^ 航空機飛行などに関する解説本でも、15℃で340(m/s)として解説するのが最も一般的。
  3. ^ 物理の教科書でシェアが特に高い数研出版を含め、いずれの教科書でも一般的。また参考書類でも同様。
  4. ^ 関根義彦『海洋物理学概論』成山堂書店、2003年、8頁。ISBN 4-425-53045-4 
  5. ^ a b 理科年表 平成22年 p. 420。
  6. ^ Atkins, P. W.『アトキンス物理化学』 上、千原秀昭・中村亘男訳(第6版)、東京化学同人、2001年、20頁。ISBN 4-8079-0529-5 
  7. ^ a b 理科年表 平成22年 p. 421。
  8. ^ 平尾雅彦『音と波の力学』岩波書店、2013年、77-78頁。ISBN 978-4-00-005129-3 
  9. ^ Frank S. Crawford, May 1982, "The hot chocolate effect", American Journal of Physics, Volume 50, Issue 5, pp. 398-404, doi:10.1119/1.13080 (Abstract only)
  10. ^ 理科年表 平成22年 p. 422。
  11. ^ a b c 理科年表 平成22年 p. 423。
  12. ^ 社団法人日本騒音制御工学会 Dr.Noise 用語解説
  13. ^ 理科年表 平成22年 pp.420-423
  14. ^ 西條(2001) p.85
  15. ^ 西條(2001) p.84
  16. ^ ハント(1984) p.45
  17. ^ ハント(1984) pp.33-34
  18. ^ ハント(1984) pp.34-35
  19. ^ a b ハント(1984) pp.134-135
  20. ^ 西條(2001) pp.85-86
  21. ^ 早坂(1989) pp.14-15
  22. ^ ハント(1984) p.136
  23. ^ 西條(2001) pp.85-87
  24. ^ ハント(1984) pp.136-137
  25. ^ ハント(1984) p.152
  26. ^ 西條(2001) p.87
  27. ^ ハント(1984) p.155
  28. ^ ハント(1984) pp.156-160
  29. ^ 西條(2001) pp.87-88
  30. ^ a b 西條(2001) p.88
  31. ^ ニュートン、河辺編(1971) p.396
  32. ^ 西條(2001) p.89
  33. ^ 西條(2001) pp.89-90
  34. ^ 東山(2010) p.55
  35. ^ ニュートン、河辺編(1971) p.399
  36. ^ a b 西條(2001) p.90
  37. ^ ハント(1984) p.166
  38. ^ ニュートン、河辺編(1971) pp.399,401
  39. ^ a b ニュートン、河辺編(1971) p.400
  40. ^ a b ニュートン、河辺編(1971) pp.400-401
  41. ^ ニュートン、河辺編(1971) p.401
  42. ^ ビオ(1988) p.173
  43. ^ 山本(2008) p.173
  44. ^ ハント(1984) pp.167-168
  45. ^ ハント(1984) p.168
  46. ^ ビオ(1988) pp.174-175
  47. ^ ビオ(1988) p.175
  48. ^ ハント(1984) pp.228-229
  49. ^ a b 西條(2001) p.91
  50. ^ ビオ(1988) p.176
  51. ^ ビオ(1988) p.179
  52. ^ ビオ(1988) pp.180-181
  53. ^ 山本(2009) p.87
  54. ^ a b c d e 西條(2001) p.92
  55. ^ ダンネマン(1978) pp.457-458
  56. ^ ダンネマン(1978) p.458
  57. ^ 西條(2001) p.94


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