集約畜産 物議と批判

集約畜産

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/21 11:10 UTC 版)

物議と批判

かつては集約畜産が収容、栄養、疾病管理の改善をもたらしていると、主張されていた[50]

近年では集約畜産が、野生生物や環境への悪影響[51]、健康上のリスク[55]、動物福祉への懸念[56][57][58] になると問題提起されている[59][60]。2019年の米国調査では回答者の40%以上が工場畜産の新設の禁止を望むと回答[61]。2024年、EUは集約畜産農場からの有害な排出物を制限する新規則を承認した[62][63]

動物福祉

イギリスでは、1979年に家畜福祉協議会 (Farm Animal Welfare Councilが政府によって設立され、動物福祉に関する独立顧問として活動し[64]、その方針を5つのフリーダム(飢えや渇きからの解放、不快感からの解放、痛みや怪我・病気への介抱、通常の挙動ができること、恐怖や苦痛からの解放)だと表明している。

集約畜産の内情が明らかになるにつれ[65]、動物福祉は規制強化の強力な推進力となっている。例えば、EUは2010年までに肉鶏の飼育最大密度を設定する追加規制を導入した。これについてイギリスの動物福祉大臣は「肉鶏の福祉はEU全体の人々の主要な関心事である。この合意は我々が動物福祉を気に留めているという強いメッセージを世界中に送ることになる」と発言した[66]

オーストラリア全土で集約畜産は大いに議論されており、動物が畜産工場(factory farms)で扱われる手法や方式に多くの人々が異議を唱えている。鶏などの動物がA4ページよりも小さなスペースで飼育されるのが、集約畜産における空間活用の一般的な方法である。動物達は限られた空間内で飼育されることでストレスを受けることが多く、お互いを攻撃してしまう。感染につながる怪我を防ぐため、くちばし、尾、歯などは除去される[67][68]。多くの子豚が歯や尾の除去後にショックで死んでしまうとされ、その理由はこれらの処置で鎮痛剤が使用されないためだとされる[69]

鶏のクチバシ切断はいくつかの国で禁止されている。イギリスでも法制化に向けた動きがあるが、有害なツツキが起きるよりは良いとの意見もあり、現在検討中である[70][71]

米国では子宮脱・膣脱・直腸脱[注釈 4]による雌豚の死亡率が増えているが、これは集中的な繁殖や集約畜産で使用される妊娠ストールに起因すると言われる[72]。米国では600万頭の繁殖雌豚の60-70%が妊娠期に囲い込まれ[73]、妊娠期の大部分を0.61×2.13 mの妊娠ストールで過ごす[5][74]。物議を醸す慣行の1つである妊娠ストールは、欧米ほか世界中で法規制の対象となっている[75][76]。欧州連合では妊娠4週目以降の妊娠ストール使用を2013年に禁止した[77]。アメリカでは10の州が妊娠ストールの使用禁止を決定[78]。米国最大の豚肉生産者は2007年1月、妊娠ストールを2017年までに段階的に廃止すると発表した[5]

人体の健康への影響

米国疾病管理予防センター(CDC)によると、動物が集約飼育されている畜産場は畜産従事者に健康への悪影響を引き起こしうる。作業者は急性および慢性の肺疾患や筋骨格損傷に罹るかもしれず、動物から人間に伝染する感染症結核など)を発症する可能性もある[79]

農薬は有害と考えられる生物を抑制する目的で使用され[80]、有害生物での商品ロスを防ぐことで農家に入るお金を保護している[81]。米国では、農薬の約4分の1が家屋、庭、公園、ゴルフ場、水泳用プールで使用され[82]、約70%が農業で使用されている[81]。ただし、農薬は消費者の身体に摂取されて、健康上の問題を引き起こす可能性がある。この原因の1つが集約畜産で飼育された動物の生物濃縮とされている[82][83][84]

「調査では、畜産工場の隣にある住民コミュニティにて呼吸器、神経行動、精神的な疾患の増加が見つかった」[85]

化学物質、細菌、ウイルス化合物は動物の排泄物から土壌や水中に移っていく場合がある、とCDCは記している。そうした畜産場付近の住民は、不快な臭い、ハエ、健康への悪影響などの問題を報告している[40]

CDCは、動物の排泄物から河川や湖や大気への放出と関連がある数々の汚染物質を特定している。家畜への抗生物質使用は抗生物質耐性病原体を作りだす場合があり、寄生虫、細菌、ウイルスが蔓延する可能性もある。アンモニア、窒素、リンが表流水の酸素濃度を減らしたり飲料水を汚染する可能性もある。農薬やホルモンが魚類にホルモン関連の変化を引き起こす場合もある。動物の餌と羽が表流水を取りこむ植物の望ましい成長を妨げ、病気を引き起こす微生物に栄養素を与えてしまう場合もある。人間の健康に有害なヒ素などの微量元素が表流水を汚染する可能性もある[40]

集約畜産が有害な病気の進化および蔓延をより容易にしてしまう場合もある。伝染性の動物疾病の多くは密集した動物集団を介して急速に広がり、群れが遺伝子再集合の可能性をより高める。ただし、2009年新型インフルエンザの世界的流行で起こったように、小規模な家族経営畜産では鳥類の疾病を取りこんで人間達に伝染してしまうケースがより頻繁に起こる可能性が高い[86]

欧州連合(EU)では、安全レベルを定める方法がないとの根拠で成長ホルモンが禁止されている。英国は予防的アプローチを遵守するため、将来いつの日かEUが禁止を終わらせる際には個別事例で安全証明された特定のホルモンだけ導入を検討すると語った[87]。1998年、EUは人間の健康にとって有益であると判明した抗生物質の動物給餌を禁止した。さらに2006年、EUは成長促進目的で使用される家畜用のあらゆる薬物を禁止した。これら禁止の結果、畜産物やヒト集団内で抗生物質への耐性レベルが低下したことが示された[88][89]

畜産物の国際間貿易は、豚熱狂牛病口蹄疫鳥インフルエンザといった病原性疾患の世界規模感染のリスクを高める[90]

米国では、家畜への抗生物質使用が依然として一般的である。アメリカ食品医薬品局は、2009年に販売された全抗生物質の80%が家畜に投与されており、これら抗生物質の多くは人間の病気治療に使用される薬物と同一または密接に関連していると報告している。その結果、これら薬物の多くはヒトへの有効性を失い、米国における薬剤耐性細菌感染に関連する総医療費は年間166億-260億ドルとなっている[91]

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が豚と人間で確認されていて、ヒト感染へのMRSA保有宿主という豚の役割に懸念が広まっている。ある研究では、2007年に米国とカナダの養豚業者の20%がMRSAを宿していたことが判明した[92]。続いての研究では、オランダの養豚場の81%がMRSAを保有する豚を飼育しており、屠殺時に39%の動物が持っていた微生物はいずれもテトラサイクリン耐性感染で、その多くは他の抗菌薬にも耐性があった[93]。より最近の研究で、MRSA-ST398分離株[注釈 5]は他のMRSAまたはメチシリン感受性黄色ブドウ球菌よりも、畜産業で使われる抗菌剤チアムリンへの感受性が低いことが判明した[94]。MRSAの症例は家畜動物で増加している。CC398は動物に出現したMRSAの新たなクローンで、集約飼育された畜産動物(主に豚だが、牛や家禽も)で見つかり、人間に感染しうるものである。CC398は人間にとって危険だが、食用の畜産動物ではしばしば無症状である[95]

2011年の全米調査では、アメリカの食料品店で販売されている食肉と家禽肉の約半分(47%)が黄色ブドウ球菌に汚染されていて、それら細菌の過半数(52%)が少なくとも3段階の抗生物質に耐性があると報告された[96]。ブドウ球菌は適切な調理で死滅させるべきだが、不適切な食品取り扱いや調理場での二次汚染を通じて消費者を危機に追いやる場合がある。この調査の主筆者は「薬剤耐性黄色ブドウ球菌が非常に流行しており、それが食用動物自体に由来する可能性が高いという事実は問題で、現在の食用畜産における抗生物質の使用法には注意を要する」と述べた[97]

2009年4月、メキシコではベラクルス州の議員達が大規模な豚および家禽の畜産事業体が豚インフルエンザの世界的流行の繁殖地になっていると非難したが、彼らの主張を裏付ける科学的証拠は存在しなかった。その地域で100頭以上の感染体を急死させた豚インフルエンザは、スミスフィールド・フーズ子会社の高密度家畜飼養経営体[26] 付近で始まったと見られている[98]

2005年、ロンドンの「脳内科学物質と栄養協会」のマイケル・クローフォード教授のチームが現代の鶏肉を分析した結果によると、今日のスーパーマーケットで売られている鶏肉は、1970年代の標準的な鶏肉に比べて、脂肪が3倍近く多く、タンパク質は3分の1しかない。現代の一部の鶏肉は70年代の鶏肉より50%カロリーが多く、DHA(オメガ3脂肪酸の一種)を野鶏(野生の鶏)の5分の1しか含んでいないことを発見した。クローフォードは、このような鶏肉の栄養価の著しい変化の原因は工場式畜産にあるとし、集約的に飼育された現代の鶏は、高カロリーの餌を与えられ、ほとんど動けないことを指摘した。[99]

環境への影響

集約畜産は生態系サービスの喪失と地球温暖化を通じて、地球環境に対する最大の脅威となるまで成長しているとの主張が見られる[100]。それは 主に地球の自然破壊生物多様性の減少の原動力とされる[101]。動物用だけの飼料栽培が求められる工程では、かなりの量の肥料と農薬を含む集約的手法を使った栽培がしばしば行われる。これは農業用化学物質や厩肥廃棄物そして水やエネルギーなどの有限資源を持続不可能なペースで使用するため、結果として水、土壌、空気の汚染リスクが高まる[102][103][104][105]

英国では野生鳥類の43%が絶滅の危機に瀕しているが、その要因の一つは集約畜産による鳥インフルエンザなどの病気の加速とされている[106]

昆虫食は昔からある家畜向けの持続可能な解決策として多くの専門家から評価されている[要出典]

豚と家禽の集約畜産は温室効果ガス排出の重要な源で、ますます多くなると予測されている。集約的養豚場では、動物は一般的に排泄物が流れ出ていくようグレーチングがあるコンクリート上で飼育される。厩肥は通常スラリー(ここでは尿と糞便の液体混合物)の形で貯蔵される。畜産場での貯蔵中に、スラリーはメタンを放出して厩肥が畑に散布されると亜酸化窒素を放出し、土地と水の窒素汚染を引き起こす。集約畜産から生じる鶏糞は高レベルの亜酸化窒素とアンモニアを放出する[107]。集約畜産から生じる排泄物は特にその大量さが問題である[108]}。動物の排泄物が不適切にリサイクルされると、空気質と地下水が危険に晒される[109]

集約畜産による環境への影響には以下のものがある[110]

  • 動物飼料の生産を目的とした森林伐採
  • 高タンパクで高カロリーな動物飼料の生産を目的とする持続不可能な土壌の締固め
  • 飼料生産を目的とする、農薬、除草剤、肥料の製造および使用
  • 飼料作物を目的とする、地下水汲み上げを含む水の持続不可能な使用
  • 飼料作物に対して使われる肥料および厩肥からの窒素やリンによる、土壌、水、空気の汚染
  • 土壌劣化(肥沃度の低下、土壌の締固め、塩分濃度の増加、砂漠化
  • 富栄養化、酸性化、農薬、除草剤による生物多様性の減少
  • 世界規模で起こる家畜の遺伝的多様性の減少および在来種の喪失
  • 家畜に関連した生息地の破壊による種の絶滅(特に飼料作物)

従事者

小規模畜産家はしばしば集約畜産の運営に没頭して、産業施設の契約飼育者として活動する。家禽の契約飼育者の場合、畜産農家は鳥達を収容する小屋の建設に巨額の投資が求められ、必要な飼料や薬剤を購入することも要求され、多くの場合は僅かな利益率だったり、利益ゼロや損失が出てしまう。

研究では、米国の高密度家畜飼養経営体(CAFO)[26] にいる移民労働者の多くがこれら仕事に関連する危険性に関する職務別訓練や安全衛生情報を殆どあるいは一切受け取っていないことが示されている[111]。こうした情報はしばしばその国の母国語だけで提供されるため、言語力が乏しい外国人労働者は仕事関連の訓練を受ける可能性がかなり低い。その結果、外国人労働者の多くは自分達の仕事を危険だと考えていない。これが 個人用防護具(PPE) 使用の一貫性を無くさせており、ひいては職場での事故や負傷につながってしまう。また、移民労働者は職場の危険や負傷を報告する可能性も低い。

2010年の米国労働統計局の報告によれば、鶏の解体処理は、非致死性の職業病にかかる率が最も高い仕事の1つ。ライブハンキング(処理場に着いた鶏を箱から出して足かせが並ぶ動くベルトコンベアにつるす作業)では7人に1人が体を痛めており、これは民間企業の平均の2倍を超える)。作業員は、高速のベルトコンベアに合わせて同じ動きを1日に2万回から3万回も繰り返さなくてはならない。そのせいで反復性過労障害になる危険性が他の仕事の14倍も高い[112]

市場の集約化

主な産業の集約化は屠殺および食肉加工段階で起きており、4社だけで牛の81%、羊の73%、豚の57%、鶏の50%を屠殺および加工している[要出典]。屠殺段階でのこの集約化は大部分が規制上の障壁によるものと考えられ、経済的に小さな屠殺場の建設、維持、事業継続を難しくしている可能性がある。集約畜産は価格を下落させる過剰生産に貢献していると思われるので、家畜生産者にとって伝統的畜産よりも不利益となっているかもしれない。「先渡契約」[注釈 6]と「販売協定」を通じて、精肉卸業者は家畜の生産準備ができるはるか以前に家畜の価格を設定することが可能である[114]。これらの戦略はしばしば畜産農家がお金を失う原因となり、2007年では全米の家族経営の半分がそうだった[115]

1967年、米国には100万件の養豚場があった。2002年時点では114,000件となった[14]:29

多くの家畜生産者が家畜を消費者に直接販売したいと考えているが、米国農務省が検査した屠殺施設が限られていて、地元で飼育された家畜は通常、現地で屠殺および食肉加工することができない[116][注釈 7]

デモ活動

2011年から2014年にかけて、ベルリンでは毎年15,000-30,000人が「我々はうんざりだ! (We are fed up」のテーマのもとに集まり、集約畜産業に抗議デモを行っている[117][118][119]


  1. ^ 家畜伝染病などを「持ち込まない、発生させない、拡大させない」ための各種防疫対策を総称してバイオセキュリティと呼ぶ[19]
  2. ^ いわゆる溜め池(ラグーン)や大型貯留槽に糞尿を集めて、そこで微生物分解による浄化と沈降分離を行う汚水処理システムのこと[27]
  3. ^ "Integrated multi-trophic aquaculture"の訳語として、日本ではこの2つが使用されている。報道機関では主に「統合マルチ栄養水産養殖」[35] が、水産学会では主に「多栄養段階統合養殖」[36] が使われている。
  4. ^ これは檻からの脱走ではなく、器官組織が本来の場所からはみ出てしまう症例のこと。具体的には、子宮脱や臍帯脱出などの内臓脱が挙げられる。詳細は英語版en:prolapseを参照。
  5. ^ 主に性質調査のため、研究室等で個別に分けて培養してできた微生物の集まりを分離株(isolate)という。詳細は生物分野のを参照。
  6. ^ 将来のある時点について、事前に契約した価格で商品を売買する予約取引のこと。先物取引と似ているが、取引所取引ではなく「相対取引」である点や「実際に現物商品の受け渡しが行われる」特徴などに違いがある[113]
  7. ^ あくまで米国の集約畜産に関する話。小規模事業に関しては地産地消スタイルで精肉加工まで営んでおり、また日本では各地にブランド牛やブランド豚、地鶏肉のブランドも存在する。





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  集約畜産のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「集約畜産」の関連用語

集約畜産のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



集約畜産のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの集約畜産 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS