蒲生川 (鳥取県) 蒲生川 (鳥取県)の概要

蒲生川 (鳥取県)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/26 03:45 UTC 版)

蒲生川
岩井温泉付近を流れる蒲生川
水系 二級水系 蒲生川
種別 二級河川
延長 22.6 km
平均流量 830 m³/s
(岩本)
流域面積 90.9 km²
水源 河合谷高原付近(鳥取県)
水源の標高 920 m
河口・合流先 日本海(鳥取県)
流域 鳥取県岩美郡岩美町
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源流には河合谷高原、中流には岩井温泉、河口には網代魚港がある。また、支流の小田川の上流には荒金鉱山などの鉱山が散在する[2]。かつては鉱毒汚染で魚が死滅したが、いまでは水質はよく、1998(平成10)年から2007(平成19)年の生物化学的酸素要求量(BOD)75%値は0.5から1.8mg/lで推移し、環境基準AAないしA類型をクリアしている[2][5]

流路と支流

蒲生川・概略図
河合谷高原
天神池
天神滝
県道31号
県道197号
長谷川
真名川
湯かむり大橋
瀬戸川
国道9号
宇治下の谷川
恩志橋
国道9号
県道37号
小田川
国道9号
山陰本線
山陰近畿自動車道
国道178号
県道27号
日比野川
沓井大橋
網代漁港
日本海
源流
鳥越地区の上流

蒲生川の水源は扇ノ山の標高900m付近に広がる河合谷高原天神池である。扇ノ山は南北に長く峰を伸ばしていて、その稜線が鳥取県と兵庫県の県境になっている。北へ向かう稜線は牛ヶ峰山へと連なっていて、この間の東斜面一帯が河合谷高原である。河合谷高原は袋川の源流にもなっているほか、峰の反対側には兵庫県を流れる岸田川の源流がある[3][6][7][8]

池から発した流れは兵庫県との県境に沿ってしばらく北流する[2]。このあたりは火山に由来する流紋岩や凝灰岩が急峻な地形をなしており、天神滝を含めて標高差300mあまりを一気に下る急流となる[3][2]

上流
 
「横尾の棚田」

3kmほどの間に標高差550mほどを一気に下ると、標高330m付近にある鳥越地区で人里に出る。川はこのあたりでやや緩やかになり、北西へ向きを変える。ここのあたりの上流域ではワサビ栽培が行われている[3]

まもなく横尾、蕪島、洗井地区に出て、川は再び北へ向きを変える。このあたり、標高230m付近の蒲生川両岸の斜面は大山噴火の際に生じた地すべりによって生じた傾斜面になっていて、江戸時代中期に拓かれた500枚の棚田が広がっている。全体で25haにおよぶ棚田は1999年に農林水産省が定めた日本の棚田百選に選ばれている。[9][10]

このあたりは平家の落人伝承がある奥地だが、明治期に蒲生峠を越える国道9号線(旧道)が開通するとバスが通るようになった。しかし蒲生峠の険路は冬季の通行が困難で、1978(昭和53)年に蒲生トンネルが開通してそちらが本道になった。いまは旧国道である県道119号が蒲生峠へ向かうほか、十王峠を経て国府町方面へ向かう県道31号との分岐地になっている[11]

旧山陰道の古い時期の正確なルートについては諸説あって定まっておらず、蒲生峠を越えて横尾に入ったあと、十王峠を越えて雨滝方面へ向かっていたとする説もある。豊臣秀吉による鳥取攻略にあたっては、豊臣軍は蒲生峠から十王峠を経て侵攻したとする説があり、秀吉にまつわる伝承が近辺に残されている[12]

戦国時代末期に大いに栄えた銀山地区を流れる銀山川を合わせると、蒲生川は塩谷(しぼたん[12])地区で再び北西に転じ、南から法正寺川が合流するあたり一帯が蒲生地区となる。このあたりから谷が開け、谷底平野となる。付近はかつての旧山陰道・蒲生峠(因幡国と但馬国の国境)の真下にあたり、蒲生には江戸時代までは番所が置かれていた[11][13]。いまの国道9号線は蒲生トンネルで峠を抜けてきて、ここからは蒲生川と並走している[3][13]

中流
岩井温泉の「湯かむり大橋」

右岸から白地川、長谷(ながたに)川を合わせると、蒲生川は西へ向きを変え、中流域に入る。大正末期から昭和初期にかけては、白地の対岸付近から中流の恩志まで、蒲生川の左岸を岩井軌道が走っていて、温泉客や銅鉱石を輸送していた。この軌道は相山でインクラインとの積み替え場があり、荒金鉱山まで続いていた。この相山地区には平経盛のものとされる墓がある[2][14][15]

真名川や瀬戸川などが集まるあたりには、岩井温泉の温泉町が形成されている。ここにはかつて岩井宿があり、岩井村の中心地だった。蒲生川の右岸には7世紀後半から平安時代のものとされる寺院の遺構(岩井廃寺)があり、国指定の史跡になっている[2][3][13][16]

温泉町付近に架かる「湯かむり大橋」はかつての旧山陰道・国道9号線で、いまは橋の周辺に親水地が設けられるなど、湯治客の散策路として整備されている[2][14][17]

温泉地を抜けると、川の両岸には標高100-150m程度の小起伏山地の山裾が迫り、蒲生川はその間を蛇行する。特に恩志付近では過去にたびたび大雨による増水で破堤し、周囲に浸水被害をもたらしている[2][4]

下流
小田川が合流する直前の河崎橋の夏の夕景。正面の樹林は佐弥乃兵主神社の社叢。
河口の網代漁港鳥取砂丘が遠望できる。

新井地区で大きく蛇行しながら抜けると、下流域の沖積平野に出る[3][2]。蒲生川はかつて新井から北へ向かっており、現在の岩美駅周辺をぬけて田後港のある浦富海岸へ流れていた。しかし河川争奪によって、今は小田川との合流して西へ向かい、網代漁港で日本海へ注いでいる[18][19]

網代漁港のある河口付近には三角州を塞ぐ形で大谷砂丘が発達していて、周囲には砂礫台地がある[3][2]。現在の蒲生川と大岩駅のあいだの平野部はかつての潟湖がしだいに埋め立てられて後背湿地となり、江戸時代までは「大谷沢」と称する沼沢地だった[3][2][20]。これが江戸期を通じて埋め立てられ、現在は水郷地帯となっている[20][21]

岩本地区から下流は網代漁港となっており、河岸には造船工場や水産加工場が並んでいる[3]

小田川

小田川は蒲生川の最大の支流で、長さは10.2km、うち指定延長は9kmである。流域面積は32.7km2で、一帯を「小田谷」と呼んだ[22][23][24]

大茅山西斜面の源流からいくつか沢を集め、小田地区に出る。村の背後の姥ヶ山には姥ヶ山城があり、吉見氏が小田谷一円を支配していた[25]。姥ヶ山の西を北へ流れる小田川には、黒谷川、荒金川などが合流し、その間に小規模な谷底平野が形成されている。小田川はそのあと北西へ向きを変え、二上山城があった二上山の東側をぬけ、河崎地区で蒲生川に注ぐ[26][27]

小田川の支流、荒金川は長さ4.8km(うち指定延長2.2km)、流域面積8.4km2である。荒金川の源流付近では古代から金を産した。明治末期に銅山の開発が本格化し、大正期には鉱員800名を数えるほどの盛況だったが、同時に荒金川・小田川一帯に鉱毒問題を引き起こした。荒金川の右岸の巨勢谷に設けられた堤と人造溜池はこの時期に汚染されていない農業用水を確保するために築造されたものである。鉱山は昭和初期に閉山になったが、いまでも鉱山の廃水処理が行われている[28][5][29]。詳細は#流域各地の小史節参照。

自然環境

植生

蒲生川の流域は対馬海流の影響を受けて暖かく、特に海岸付近では暖地性植物が分布している。河口付近の浦富地域では、シイノキタブノキモチノキなどが自然林を形成している。山間部にはコナラが広く分布していて、ところどころにアカマツスギヒノキサワラの人工林がある。源流の天神池のまわりにはブナ林がある[2]

動物

流域で見られる貴重な動物としては、日本最小のハッチョウトンボ絶滅危惧種カスミサンショウウオが挙げられる。このほか上流の湛水域ではオオサンショウウオカワムツタカハヤが生息し、岩場や渓流域にはドンコが分布している[2]

中流の川筋には人の手が入っておらず水質もよく、淵、瀬などの変化に富み、水田との連続性も保たれている。このあたりでは絶滅危惧種のスジシマドジョウが確認されているほか、砂利の川床はアユの産卵地になっている[2]

下流ではゴクラクハゼスミウキゴリヌマチチブなどの汽水性の魚類や、水生植物の密集地にはヤリタナゴや絶滅危惧種のメダカが確認されている[2][30]

過去の著しい渇水期でも川が枯れることはなく、水棲生物は淵や澪筋で棲息が可能である。ただし海と川を行き来する魚類にとっては堰を超えるのが困難になるため、アユ、ウナギモクズガニの生息環境を維持するため、魚道の整備が課題になっている[2]

このほか野生動物の哺乳動物として、タヌキキツネイノシシ、鳥類ではウミウクロサギイソヒヨドリ、両生類ではモリアオガエルや各種のサンショウウオなどが広く分布している[2][31]


注釈

  1. ^ 「古乃」、「巨野」、「巨能」などの表記もある。[32]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 二級水系総括表 (PDF) 2015年10月2日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 蒲生川水系河川整備基本方針(平成22年9月) (PDF) 2015年10月2日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k 『鳥取県大百科事典』p192「蒲生川」
  4. ^ a b c 蒲生川水系 河川整備計画(平成23年3月) (PDF) 2015年10月2日閲覧。
  5. ^ a b c d e 『岩美町誌』p562-571「荒金鉱山」
  6. ^ 『鳥取県境の山』p110-13「河合谷高原」「扇ノ山」
  7. ^ 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p261-262「河合谷高原」
  8. ^ 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p669「袋川」
  9. ^ 地域環境資源センター 日本の棚田百選・横尾(鳥取県)2015年10月3日閲覧。
  10. ^ NPO法人棚田ネットワーク 横尾棚田2015年10月3日閲覧。
  11. ^ a b c d e f g h i j k l 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p917-924「岩美町」
  12. ^ a b 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p409-410「十王峠」
  13. ^ a b c d e f 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p252-253「蒲生」「蒲生川」
  14. ^ a b 『岩美町誌』p632-635「岩井軌道」
  15. ^ a b 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p56「相山」
  16. ^ a b 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p90「岩井廃寺」
  17. ^ 『岩美町誌』巻末地図
  18. ^ 地勢及び地質 (PDF) 2015年10月2日閲覧。
  19. ^ 平成4年統計年鑑 地勢及び地質 (PDF) 2015年10月2日閲覧。
  20. ^ a b 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p75-76「岩美郡・岩美町」
  21. ^ a b 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p85「大谷田圃」
  22. ^ a b 『鳥取県大百科事典』p144「小田川」
  23. ^ 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p201「小田川」
  24. ^ 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p167「大坂」
  25. ^ 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p98「外村」「小田大谷村」
  26. ^ 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p87「河崎村」
  27. ^ a b 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p94-96「岩常村」「二上山城」
  28. ^ a b c d e f 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p84「荒金」「荒金川」
  29. ^ a b 旧岩美鉱山坑廃水処理汚泥からの金属の分離回収と再生利用 (PDF) 2015年10月4日閲覧。
  30. ^ レッドデータブックとっとり(魚類) (PDF) 2015年10月2日閲覧。
  31. ^ レッドデータブックとっとり(両生類) (PDF) 2015年10月2日閲覧。
  32. ^ a b 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p53-56「巨濃郡・岩井郡」
  33. ^ 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p77「蒲生別宮」
  34. ^ 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p91-92「馬場村」
  35. ^ 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p92「蒲生村」
  36. ^ 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p88「宇治村」
  37. ^ a b 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p417「白地」
  38. ^ 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p131「宇治」
  39. ^ 『全國温泉案内』p448-453「岩井温泉」
  40. ^ a b 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p75-79「岩美町」
  41. ^ a b c 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p113-117「岩井」
  42. ^ 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p93「銀山村」
  43. ^ 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p288-289「銀山」
  44. ^ 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p92-93「蒲生銅山」
  45. ^ a b c d 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p96-97「荒金村」
  46. ^ 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p88「恩志村」
  47. ^ a b c 『岩美町誌』p622-623「海上交通」
  48. ^ 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p86「太田村」


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