日本語の起源 日本語の起源の概要

日本語の起源

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/28 23:06 UTC 版)

言語学上の未解決問題
日本語はいつ、どのようにして生まれたのか。また、他の言語とどのような系統関係を持っているのか。

日本語は、孤立した言語のひとつとされ、その系統については定説はない。 本項目では、主として日本語が他の言語から派生したとする仮説に基づいた、日本語(日琉語族)と他の言語語族)との系統関係(日本語系統論ともいう)について解説する。

概要

日本語(本土方言、あるいは日本語派)と琉球列島琉球語(琉球方言、あるいは琉球語派・琉球諸語)との系統関係は明らかである[注 1]。国際的には、両者を別言語とみなし、合わせて日琉語族を形成するという立場が一般的であるが、日本語の起源論では、琉球語と日本語の系統関係は証明済みとし、「日本語の起源」という言葉で「日本語+琉球語」全体(日琉語族)の起源を論ずることが一般的である[注 2]

これまでにいくつかの系統関係に関する理論仮説は出されてきたものの、総意を得たものは無い[2][3]。換言すれば他言語起源の論拠は一切無いが、これまでの理論仮説で、類縁関係が強いと主張された言語系統には、以下のものがある。

朝鮮語との関係
朝鮮語とは文法構造における類似性が非常に高く、基礎語彙については一部単語の類似性が指摘されているものの相違な点も多い。音韻の面では、固有語において語頭に流音が立たないこと、一種の母音調和があることなど、アルタイ諸語と共通点がある一方で、閉音節であること、子音連結の存在、有声・無声の区別が無いなどの相違点もある。
高句麗語扶余諸語との系統関係
死語である高句麗語とは、数詞など似る語彙もあるという説[4]。高句麗語は扶余諸語の一つであることから、扶余諸語との関係との見方もある。
アルタイ語族
アルタイ語族仮説では、日本語、朝鮮語は共にアルタイ語族の一員とする。朝鮮語との関係と同様に、文法構造での高い類似性、音韻面での部分的類似性がある一方で、基礎語彙については同系統とするに足るだけの類似性は見出されていない。
オーストロネシア語族との関係
オーストロネシア系言語は、文法・形態は日本語と異なるが、音韻については発音体系が比較的単純で開音節であるなど日本語と似ており、基礎語彙についても一部類似性が指摘されている。また、日本語をオーストロネシア系言語とアルタイ系言語との混合言語だとする説もある。しかし、近年の研究ではオーストロネシア系言語は古くは閉音節だったとされ、また語彙の類似性についても偶然の一致の範囲を出るものとは言い難い[5][6]
ドラヴィダ語族との関係
インドのドラヴィダ語族、とりわけその1つであるタミル語との関連を提唱する説。
アイヌ語との系統関係
アイヌ語は語順(SOV語順)において日本語と似るものの、文法・形態は類型論的に異なる抱合語に属し、音韻構造も有声・無声の区別はなく閉音節が多い、などの相違がある。基礎語彙の類似に関する指摘[7]もあるが、例は不十分である。一般に似ているとされる語の中には、日本語からアイヌ語への借用語が多く含まれるとみられる[8]。総じて、目下、系統的関連性を示す材料は乏しい。一部では、古事記風土記のような口伝による伝承がアイヌ語で解釈可能であることから、縄文時代の日本語がアイヌ語と同系統の言語であるとする意見もある[9]
中国語との関係
日本は漢字文化圏に属しており、中国語漢文中古中国語)は、古来、漢字漢語を通じて日本語の表記や、語彙・形態素に影響を与え、拗音等の音韻面での影響や、書面語における漢文の語法の模倣を通じた語法・文体の影響も見られたが、あくまでも借用語であって、言語学的には系統的関連性は認められない。

方法に関する問題

日本語の起源・系統関係を分析するにあたって、様々なアプローチがある。

言語学の諸分野によるもの

日本語学・国語学

日本語の起源に関する議論は、新井白石東雅』や本居宣長本居春庭らの研究を嚆矢とする。それ以前にも言語学的な研究は行なわれていたが[注 3]、意識的に日本語の総体を歴史的に分析していこうとしたのは、国学者による言語研究であった[11]。以来、今日に至る「国語学」も、江戸以来の膨大な研究蓄積を基礎にしている。明治期に西欧の比較言語学が輸入されてからは、相互に批判・対立もあったが、近年は双方の方法を折衷しながら、いまだ決着の着かない「日本語の由来」についての研究が進んでいる。

比較言語学

日本語の起源を解明するための方法の一つとして、比較言語学が用いられる。比較言語学は歴史言語学のうち印欧語族の起源を明らかにするなかで発展してきたものである。主な手法は、「祖語」を仮説的に想定し、それに沿って言語変化の規則を比較・対照することによって言語間の系統関係を導き出すという方法である。文献資料のないオーストロネシア語族に適用しても数多くの業績が出ているので、8世紀頃までのものしか文献資料が見つかっていない日本語にも、ある程度は適用可能とされてきた。 しかし、例えば比較言語学者高津春繁も、セム・ハム語族の研究においてすら、印欧語族の比較方法をそのまま用いることは無理であるとしている[12]

言語類型論

しかしながら印欧語族の系統樹と東アジア諸言語の系統樹とは当然異なるものであり、近年は比較言語学の通時主義を包摂する形で地理的背景にも配慮する言語類型論などの観点からも研究が行なわれている[1]

その他の関連分野によるもの

比較神話学

比較言語学と連携して進められた比較神話学の方法も大林太良吉田敦彦らによって進められてきた。比較神話学は基本的には神話説話の構造や特性を比較分析するものであるが、要素の単位をどこまで限定できるかという問題がある。構造神話学者クロード・レヴィ=ストロースは言語学の音素概念に影響された「神話素英語版」概念を創造し使用しているが、分析概念としての有効性は未確定である。しかしながら参考となる知見も当然あり、比較神話学的分析によれば日本神話は北方民族(北東ユーラシア)と南方民族(東南アジア、太平洋諸島ポリネシア等)との混合とされ、日本語の起源に関する言語学的研究の成果との対応がみられる。

考古学・民俗学

より新しい時代に起源を求める場合には、考古学的遺物・遺構や習俗の類似も日本語の起源の傍証となる場合がある。大野晋などの主張によれば、言語と文化は一致するものではないにせよ、完全に無関係のものとして分けきれないものである。

分子人類学

日本語の担い手である日本人の人類学的ルーツを探ることで、日本語の起源を探ろうとするアプローチである。この分野は学術的な調査が進行している状況であり、学会の統一された見解は存在しない。 このアプローチによる主張は、言語学的手法に沿ってなされているわけではなく、遺伝子における共通性から文化や言語などにおいて類似性も見られるグループは存在している可能性があるのではないか、という事を示唆するものである。

一般に、父系のみで遺伝するY染色体ハプログループと、言語の系統関係(どの語族に属すか)との間に一定の相関があることから、Y染色体ハプログループを手掛かりに同系の言語を探ることができる。日本語の場合は多数派であるO-M176, D-M55, O-M122などを手掛かりにすることになる。


注釈

  1. ^ 琉球の言葉を方言として日本語に含む場合は日本語は孤立した言語、琉球語を別言語とし、日本語とともに日琉語族を成すとする立場では、日琉語族は、一般的な語族のうちの一つに過ぎない。いずれの場合も、他の言語(語族)との系統関係は明らかではない[1]
  2. ^ 日本語と琉球語で日琉語族とする説と、琉球語を日本語の琉球方言とする説とは、日本語の起源論においては「言葉の定義の異同の問題」であり、本質的な争点とはならない。
  3. ^ 例えば「漢語との言語接触による漢文訓読と辞書編纂」「学僧による悉曇学の受容」「古典解釈を目的とした歌学における展開」などが大きな意味を持っていた[10]
  4. ^ 仮説が成り立つ場合、それぞれの語族は下位分類である語派となる
  5. ^ 1917年から1924年にかけての一連の論文において、西日本、特に土佐方言及び京都方言のアクセントが古形を保存していることを明らかにした。比較言語学の手法を取り入れたアクセントの本格的な研究は、日本では1930年代前半に服部四郎によって先鞭が付けられ、金田一春彦らによって推進されたが、ポリワーノフの研究はそれらに大きく先行するものだった。

出典

  1. ^ a b 松本克己『世界言語のなかの日本語』三省堂2007
  2. ^ 亀井 孝 他 [編] (1963)『日本語の歴史1 民族のことばの誕生』(平凡社)。
  3. ^ 大野 晋・柴田 武 [編] (1978)『岩波講座 日本語 第12巻 日本語の系統と歴史』(岩波書店)。
  4. ^ 新村 出 (1916)「国語及び朝鮮語の数詞に就いて」『芸文』7-2・4(1971年の『新村出全集 第1巻』(筑摩書房)に収録)。
  5. ^ a b c https://www.degruyter.com/document/doi/10.1515/9783110886092.231/pdf
  6. ^ a b c https://www.jstor.org/stable/3623314
  7. ^ 服部 四郎 (1959)『日本語の系統』(岩波書店、1999年に岩波文庫)。
  8. ^ 中川 裕 (2005)「アイヌ語にくわわった日本語」『国文学 解釈と鑑賞』70-1。
  9. ^ 大山 元 (2002)『古代史料に見る縄文伝承』(きこ書房)
  10. ^ 山東功 (2023)「日本語学史」衣畑智秀編『基礎日本語学』第2版(ひつじ書房ISBN 9784823411953)p.285.
  11. ^ 工藤浩 (2009)「日本語学史:文法を中心に」『日本語要説』改訂版(ひつじ書房、ISBN 9784894764682)pp. 309–310.
  12. ^ 高津春繁『比較言語学入門』(岩波文庫・1992年)p.9
  13. ^ Altajische Studien II: Japanisch Und Altajisch (Abhandlungen Fur Die Kunde Des Morgenlandes),p21,Karl Heinrich Menges,Jan 1, 1993,
  14. ^ 藤岡勝二 (1908)「日本語の位置」『國學院雑誌』14。
  15. ^ 有坂 秀世 (1931)「国語にあらはれる一種の母音交替について」『音声の研究』第4輯(1957年の『国語音韻史の研究 増補新版』(三省堂)に収録)。
  16. ^ 北村 甫 [編] (1981)『講座言語 第6巻 世界の言語』(大修館書店)p.121。
  17. ^ Roy Andrew Miller: ロイ・アンドリュー・ミラー『日本語 歴史と構造』小黒昌一訳、三省堂、1972年(原著は1967年)。R. A. ミラー『日本語とアルタイ諸語』西田龍雄監訳、近藤達生、庄垣内正弘、橋本勝、樋口康一共訳、大修館書店、1981(原著は1971年)
  18. ^ R. A. ミラー『日本語とアルタイ諸語』前掲書、1981,p.x
  19. ^ 3 vols.(Brill,2003)
  20. ^ a b 語源辞典「東雅」(1717年)
  21. ^ a b Martine Irma Robbeets (2017): "Austronesian influence and Transeurasian ancestry in Japanese: A case of farming/language dispersal". Language Dynamics and Change, volume 7, issue 2, pages 201–251, doi:10.1163/22105832-00702005
  22. ^ Robbeets, M (2017) The language of the Transeurasian farmers. In Robbeets, M and Savelyev, A (eds), Language Dispersal Beyond Farming (pp. 93–116). Amsterdam: Benjamins.
  23. ^ Robbeets, M and Bouckaert, R (2018) Bayesian phylolinguistics reveals the internal structure of the Transeurasian family. Journal of Linguistic Evolution 3, 145–162.
  24. ^ Robbeets, M (2020) The Transeurasian homeland: where, what and when? In Robbeets, M, Hübler, N and Savelyev, A (eds), The Oxford Guide to the Transeurasian Languages. Oxford: Oxford University Press.
  25. ^ ジャリガシノヴァ「朝鮮民族の形成における北方系・南方系要素の相互関係」『古代の朝鮮と日本』現代のエスプリ、至文堂1976年。また大林太良『邪馬台国』中公新書、1977、122頁。
  26. ^ 金容雲『倭の大王は百済語で話す』三五館、2009年8月。ISBN 9784883204762 
  27. ^ Janhunen, Juha (2023-1). “The Unity and Diversity of Altaic” (英語). Annual Review of Linguistics 9: 135-154. doi:10.1146/annurev-linguistics-030521-042356. https://www.annualreviews.org/doi/full/10.1146/annurev-linguistics-030521-042356 2023年11月29日閲覧。. 
  28. ^ Christopher Beckwith, 2004. Koguryo, the language of Japan's continental relatives
  29. ^ Vovin, Alexander (2013), "From Koguryo to Tamna: Slowly riding to the South with speakers of Proto-Korean", Korean Linguistics, 15 (2): 222–240, doi:10.1075/kl.15.2.03vov. pp. 237–238
  30. ^  Unger, J. Marshall (2009), The role of contact in the origins of the Japanese and Korean languages, Honolulu: University of Hawaii Press, ISBN 978-0-8248-3279-7. P87
  31. ^ Blažek 2006, p. 6.
  32. ^ 角林 文雄「隼人 : オーストロネシア系の古代日本部族」京都産業大学日本文化研究所紀要 3, *15-31, 1998-03
  33. ^ 片山龍峯 (2004)『日本語とアイヌ語(新装版)』,東京:すずさわ書店
  34. ^ 大野晋『日本語の源流を求めて』岩波書店、2007年、pp.37-8
  35. ^ 大野 晋 (1987)『日本語以前』(岩波新書)などを参照。研究の集大成として、大野 晋 (2000)『日本語の形成』(岩波書店)を参照。
  36. ^ 飯野睦毅 (1996)『奈良時代の日本語を解読する』東陽出版
  37. ^ Vovin, Alexander. 1998. Japanese rice agriculture terminology and linguistic affiliation of Yayoi culture. In Archaeology and Language II: Archaeological Data and Linguistic Hypotheses. Routledge.
  38. ^ a b Vovin, Alexander. 2014. "Out of Southern China? – Philological and linguistic musings on the possible Urheimat of Proto-Japonic". Journées de CRLAO 2014. June 27–28, 2014. INALCO, Paris.
  39. ^ Vovin A (1993) A Reconstruction of Proto-Ainu (Brill, Leiden, The Netherlands)
  40. ^ Sidwell PJ (1996) A reconstruction of Proto-Ainu. By Alexander Vovin. Diachronica 13(1):179–186.
  41. ^ a b c Gerhard Jäger, "Support for linguistic macrofamilies from weighted sequence alignment." PNAS vol. 112 no. 41, 12752–12757, doi:10.1073/pnas.1500331112. Published online before print 24 September 2015.
  42. ^ Vovin, Alexander (英語). Out of Southern China?. https://www.academia.edu/7869241/Out_of_Southern_China. 
  43. ^ 安本美典 (1991)『日本人と日本語の起源』, 東京:毎日新聞社
  44. ^ 安本美典 (1978)『日本語の成立』, 東京:講談社
  45. ^ ラテン語と日本語の語源的関係,与謝野 達 著, 2006年12月.サンパウロ、(発売元: 日本キリスト教書販売)





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