北朝鮮拉致問題 拉致被害の広がり

北朝鮮拉致問題

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/17 18:48 UTC 版)

拉致被害の広がり

全容は明らかではないが、連れ去られた被害者は韓国人・日本人のみならず、レバノンタイマレーシア中国マカオ)でも市民を誘拐し、オランダフランスイタリアの市民も拉致の被害を受けた[3]。その他、アメリカ合衆国タイ王国ルーマニアヨルダンシンガポールの国民[1]、また、台湾出身の中国人が含まれると見られている[42]。合計14の国と地域におよんでおり、うち、日本、韓国、中国、タイ、レバノン、ルーマニアの6か国については拉致犯罪が確定的である[8]

そのうち、最大規模は韓国で、朝鮮戦争中の民間人拉致が82,959人(韓国政府調べ)、朝鮮戦争後の帰国者を除く拉致被害者が517人である[8]。日本人は家族会・救う会の推計で約100人、そのうち、日本政府認定が17人であり、その他、渡辺秀子の子女(朝鮮籍)2名は警察が認定している。タイ人1名、レバノン人4名、中国(マカオ)人2名、ルーマニア人1名については被害者が特定されている[8]

マレーシア人4名、シンガポール人1名については崔銀姫の伝聞証言(うち1名はジェンキンスが目撃)、フランス人3名・イタリア人3名・オランダ人2名についてはレバノン人被害者の目撃証言、ヨルダン人1名については崔銀姫の目撃証言がある[8]

脱北した元北朝鮮統一戦線部幹部のチャン・チョルヒョンが、「救う会」主催の国際セミナーで報告したところによると、「世界各国から子供を拉致する金正日総書記の指令」が出され、日本だけでなく世界各地域から、北朝鮮工作員に育てる目的で、特に子供たちが拉致される事例が多かったという[43]。2013年2月時点で、拉致被害者の出身国は14カ国にのぼる可能性が浮上している[44]

2002年に金正日国防委員長小泉純一郎訪朝での日朝首脳会談の際に初めて公式に一部の拉致を認めて謝罪した[28]。同年10月15日に拉致被害者の一部(5名)が北朝鮮から日本に帰国している[28][注釈 12]

1978年にローマで拉致されたドイナ・ブンベアの調査から、4人の米国脱走兵の4人の妻(ルーマニア人ドイナ・ブンベア、レバノン人シハム・シュライテフ、日本人曽我ひとみ、タイ人アノーチャ・バンジョイ)がすべて北朝鮮による拉致被害者であったことが判明した[20]。2005年、ルーマニアのミハイ・ラズヴァン・ウングレアーヌ外相が北朝鮮に口頭で説明を求めたのに対し、返答がなかったことを明らかにしている[20]

2004年には中国雲南省旅行中に姿を消したアメリカ人男性が、拉致されたとされる。アメリカ北朝鮮人権委員会によると拉致されたのは米国人男子学生で、その直前には米下院で北朝鮮人権法が可決されたことに反発した北朝鮮が「米国人に対して行動を起こす」と警告していた[45]。韓国拉北家族協議会代表の崔成龍によると、金正日が自分の子供たちに英語教師が必要だとして拉致の指示をしたという[46]。この問題に関して家族会代表飯塚繁雄山谷えり子が2012年に渡米した際、アメリカ側からこの男性はユタ州出身で、失踪には中国当局が関与していた可能性があると伝えられた[47]

2007年4月、日本の警察当局は、1973年に日本国内で失踪した朝鮮籍の幼い姉弟、高敬美・高剛の失踪事件を、北朝鮮による拉致事案と判断した(2児拉致事件[21]。日本政府は、拉致は国籍に関わらず深刻な人権侵害であり、同時に日本に対する重大な主権侵害であることから、北朝鮮に対し、「原状回復」として被害者を日本に帰還させることを求めている[21]


注釈

  1. ^ 辛光洙は招待所で曽我ひとみを招待所で教育する係だったが、辛は曽我に「めぐみちゃんを日本から拉致してきたのは自分だ」と話したという[5]
  2. ^ 1989年、韓国の民主化運動で逮捕された在日韓国人政治犯の釈放を嘆願する趣旨の要望書が、当時の日本社会党・公明党・社会民主連合ほか議員有志133名の署名とともに韓国政府へ提出されたが、このとき釈放要望対象となった政治犯29名の中に辛光洙や拉致の共犯者だった金吉旭など北朝鮮工作員の名が複数含まれていたことが判明した[6]。金正日が北朝鮮による日本人拉致実行を認めたのが2002年9月であった。同年10月19日、当時内閣官房副長官であった安倍晋三は、土井たか子菅直人を名指しして「極めてマヌケな議員」と評し、署名した国会議員は保守政治家はもとより、日本共産党からも激しく批判された[6][7]。このような批判に対し、菅直人は「釈放を要望した人物の中に辛光洙がいるとは知りませんでした。 そんな嘆願書に署名したのは私の不注意ですので、今は率直にお詫びしたい」と謝罪した[6]。なお、民主党菅直人内閣が成立したのは、2010年6月のことである。
  3. ^ 拉致されたのは、機長ユ・ビョンハ(38歳)、副操縦士チェ・ソクマン (37歳)、乗務員チョン・ギョンスク (24歳)、乗務員ソン・ギョンフィ(23歳)、乗客は、印刷所勤務イ・ドンギ (49歳)、アナウンサーファン・ウォン (32歳)、記者キム・ボンジュ (27歳)、病院長チェ・ホンドク (37歳)、会社員イム・チョルス (49歳)、飲食業チャン・ギヨン (40)、韓国スレートのチェ・ジョンウン (28歳)の11名[9]
  4. ^ 1997年11月に逮捕された夫婦スパイ事件の崔ジョンナム工作員の供述により、平壌直轄市龍城区域の「以南化環境館」で教官をしていることが判明[11]
  5. ^ タイ北部の小さな村からマカオに出稼ぎに来ていたスカム・パンジョイの妹アノーチャは、同地で拉致されたのち、平壌で米軍の元脱走兵と結婚した[3]。長らく行方不明だったが、2005年に平壌で生存していることが報道された[3]。曽我ひとみの夫チャールズ・ジェンキンスの近所に住んでおり、ジェンキンスがその情報源である[3]。北朝鮮当局はアノーチャの拉致を否定したが、タイ政府は外交圧力を続けている[3]
  6. ^ 崔・申共著の『闇からの谺— 北朝鮮の内幕』によれば、あるフランス人女性は、東洋の富豪を装った北朝鮮の工作員が彼の両親に会わせると騙して平壌に連行され、マカオの宝石店で働いていた中国人女性は富裕な日本人青年を装った工作員に誘われてボートに乗ってしまい、やがて大きな船に移され、そのまま平壌に連行されたという[3]
  7. ^ 拉致犯罪をおこなった北朝鮮工作員は、日本人を装い、ベイルートの秘書学校を訪れて日本企業での高給の職業を斡旋すると騙し、彼女らを誘拐した[3]
  8. ^ このうち、葉玉芬(Yeng Yoke Fun)については、チャールズ・ジェンキンスによる平壌市内での目撃証言がある[19]
  9. ^ 4人のうち1人(シハーム・シュライテフ)は元米兵と結婚し、妊娠もしていたのでみずから北朝鮮にもどった[3]。解放されたレバノン人女性は、北朝鮮ではフランス人女性3人、オランダ人2人、イタリア人3人とともにスパイの訓練を受けていたことが報じられた[3]
  10. ^ 旧拉致議連の会長だった中山正暉は「7件10人を事実上棚上げしたうえで有本の拉致を「よど号グループ」が勝手にやったこととして「解決」しようとした[29]。有本の事例を「日本人が日本人が拉致したもので、北朝鮮は関係ない」(2002年3月15日)という理屈で、これならば北朝鮮を傷つけることなく譲歩を引き出しやすいと考えたという[29]
  11. ^ 2019年12月27日付「京都新聞」は、2014年に田中実ら2人の生存情報を非公式に北朝鮮が日本政府に伝えた際、政府高官は非公表にすると決めていたと報じた[33]
  12. ^ 浜本富貴恵地村保志蓮池薫奥土祐木子曽我ひとみの5名[28]久米裕横田めぐみ田口八重子市川修一増元るみ子曽我ミヨシ松木薫石岡亨有本恵子原敕晁、田中実、松本京子の12名は未送還[28]。この12名について、北朝鮮側は「8人死亡、4人は入境せず」と虚偽の説明をした[28]。なお、「救う会」では、日本国政府認定の17名の他に、寺越昭二寺越外雄寺越武志小住健蔵福留貴美子加藤久美子古川了子を加えた24名を拉致認定している[28]

出典

  1. ^ a b “忘れてはならない 世界で続く北朝鮮の拉致問題”. NHK NEWS WEB. (2020年12月11日). https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201211/k10012758311000.html 2021年2月18日閲覧。 
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 惠谷治. “北朝鮮による拉致の分析”. 救う会. 2011年11月20日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa 「ニューズウィーク日本版」2006年2月22日(通巻993号)pp.32-34
  4. ^ a b c 『横田めぐみは生きている』(2003)pp.116-117
  5. ^ 阿部(2018)p.194
  6. ^ a b c d e 「青島幸男も村山富市も「拉致犯釈放」署名のマヌケ仲間 (ワイド特集 悪い奴ほどよく眠る)」「週刊新潮」2002年11月7日号。
  7. ^ 「公明党 拉致実行容疑者の辛光洙釈放要望 — ”知らなかった”ではすまない 署名の1年前に橋本議員追及」 - 2003年2月20日(木)「しんぶん赤旗」
  8. ^ a b c d e f g h i ジュネーブで政府主催拉致シンポジウム(2012/11/09) - 救う会全国協議会ニュース
  9. ^ 「忘れ去られた拉致被害者たち」 - PSCORE(成功的な韓国の再統一を成す人々)
  10. ^ 竹内明 (2017年11月12日). “北朝鮮「武闘工作部隊」日本人妻と子供たちが辿った残酷すぎる運命”. 現代ビジネス. 2020年9月9日閲覧。
  11. ^ a b c d e f 高世(2002)pp.309-311
  12. ^ 『闇からの谺』上(1989)pp.16-28
  13. ^ 『闇からの谺』上(1989)pp.246-252
  14. ^ 阿部(2018)pp.47-50
  15. ^ 『闇からの谺』上(1989)pp.139-145
  16. ^ 西日本新聞「金英男さん拉致」(2006年6月29日)
  17. ^ 阿部(2018)pp.50-53
  18. ^ 阿部(2018)pp.26-29
  19. ^ a b c 拉致被害者情報を当時国国連代表部に-家族会・救う会訪米団”. 救う会全国協議会ニュース. 北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会 (2006年10月31日). 2021年10月23日閲覧。
  20. ^ a b c ルーマニア人拉致被害者ドイナさんの身元が判明”. 救う会:北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会. 北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会. 2021年9月23日閲覧。
  21. ^ a b c 日本以外の拉致被害者”. 政府・拉致問題対策本部. 内閣官房・拉致問題対策本部. 2021年9月23日閲覧。
  22. ^ 阿部(2018)pp.71-74
  23. ^ 阿部(2018)pp.74-80
  24. ^ 崔・申『闇からの谺(下)』(1989)pp.307-325
  25. ^ a b c 阿部(2018)pp.119-122
  26. ^ 「拉致被害者は生きている!」―北で「拉致講義」を受けた李英和教授が証言 - yahooニュース 2018年6月18日
  27. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 重村(2002)pp.49-50
  28. ^ a b c d e f g h 北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会
  29. ^ a b c d e 高世(2002)pp.237-248
  30. ^ 李(2009)pp.178-183
  31. ^ 拉致40年 歳月と希望 蓮池夫妻編”. 新潟日報モア「拉致問題」. 新潟日報 (2018年11月15日). 2021年9月23日閲覧。
  32. ^ 荒木(2005)pp.183-184
  33. ^ 「京都新聞」2019年12月27日朝刊3
  34. ^ 重村(2012)pp.206-207
  35. ^ すべての拉致被害者の帰国をめざして~帰国から10年 拉致被害者家族の声”. 政府インターネットテレビ (2012年11月1日). 2021年12月20日閲覧。
  36. ^ 第66回(2011年)国連総会本会議 北朝鮮人権状況決議 投票結果”. 外務省人権人道課 (2012年12月). 2021年12月20日閲覧。
  37. ^ a b c 北朝鮮の人権に関する国連調査委員会、報告書を公表 広範囲にわたる「人道に対する罪」を指摘”. 国際連合広報センター (2014年2月18日). 2021年9月28日閲覧。
  38. ^ 日朝政府間協議(概要)”. 外務省 (2014年5月30日). 2021年9月28日閲覧。
  39. ^ 合意内容(PDF)”. 外務省 (2014年5月30日). 2021年9月28日閲覧。
  40. ^ 第28回人権理事会における北朝鮮人権状況決議の採択について(外務大臣談話)”. 外務省 (2015年3月27日). 2021年9月28日閲覧。
  41. ^ 拉致解決「先頭に立つ覚悟」 首相が家族会と面会”. 産経新聞 (2021年10月18日). 2021年10月18日閲覧。
  42. ^ 日本以外の拉致被害者/北朝鮮による日本人拉致問題外務省、2010年4月4日時点でのアーカイブ。
  43. ^ 世界各国で子どもを拉致するよう指令(TBSニュースアイ、2011年12月10日)
  44. ^ “「拉致被害14カ国に拡大 脱北者「ドイツ、シリア人も」」”. 産経新聞. (2013年2月10日). http://sankei.jp.msn.com/smp/world/news/130210/kor13021002000001-s.htm 2013年2月10日閲覧。 
  45. ^ 北、米国人も拉致か 米調査機関が指摘MSN産経ニュース、2011年12月9日)
  46. ^ トランプ政権、「2004年の米大学生北朝鮮拉致疑惑」真相調査に着手東亜日報日本語版、2017年2月7日)
  47. ^ 中国が米国人失踪に関与? 拉致情報を米側に提供 家族会代表ら 産経ニュース 2012年5月9日
    アメリカ合衆国国務省トマス・ナイズ副長官およびユタ州のマイケル・リー上院議員と面会し情報を得る。[リンク切れ]
  48. ^ Council holds separate debates on the situation of human rights in the Democratic People's Republic of Korea and in Eritrea - 国際連合人権理事会 (英語)
  49. ^ Report of the Special Rapporteur on the situation of human rights in the Democratic People’s Republic of Korea, - Marzuki Darusman 国際連合人権理事会(英語)





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