スターリングエンジン 歴史

スターリングエンジン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/29 07:33 UTC 版)

歴史

ロバート・スターリングの1816年の特許申請書に添付されていた図

1816年、スコットランドの牧師であり、発明家であるロバート・スターリングが発明した[5]。それまでにもホットエアエンジンと称する機関を作ろうとする試みはあったが、スターリングが1818年に製作して採石場の排水ポンプとして使ったものが世界初の実働する機械である[6]。スターリングエンジンという呼称が当初から広く使われていたわけではない。スターリングの元々の特許の主題は、様々な用途で燃料消費を節約する"economiser"と当人が呼んだ熱交換装置であった。特許には、彼の独創的なクローズド・サイクルのエアエンジン設計[7]における economiser の一形式の詳細を描いており、それは今日「リジェネレータ」と呼ばれているものに他ならない。ロバート・スターリングと兄弟のジェームズはその後も開発を続け、様々な改良について特許を取得した。例えば、1843年には与圧式のものを完成し、スターリングの所有するダンディーの工場内の全ての機械を十分駆動できる出力が得られるようになった[8]

異論はあるが[9]、スターリングエンジンは燃費向上と同時に、当時の蒸気機関ボイラーが頻繁に爆発を起こし死傷者を出す危険な装置であり安全性が疑問視されていた(ボイラープレートを参照)ことから、より安全な動力源を作るという意図があったと一般に言われている[10][11][12]。しかし、スターリングエンジンの出力と効率を最大にするには非常に高温で運用する必要があり、当時の材料では限界があった。初期に作られた少数のエンジンは、蒸気機関のボイラーのような危険さはないものの、頻繁に故障を繰り返した[13]。実際、スターリングのダンディー工場でも4年間で3回、シリンダーを交換するような故障が発生し、その後蒸気機関に置き換えたという[14]

19世紀後半

ダンディー工場でのスターリングエンジンが失敗に終わったあと、スターリング兄弟が更なる開発を行ったという記録はなく、蒸気機関全盛時代となった。技術の進展に伴って蒸気機関のボイラーが安全になり[15]、効率も良くなったためである。しかし1860年ごろ、水を汲み上げるポンプや教会のパイプオルガンへの空気供給など、それほど出力を必要としない用途でスターリングエンジンが使われ続けていたという事実もある[16]。安価な素材を使っているため高温では運用できず、したがって効率も低かった。スターリングエンジンの蒸気機関に対する利点は、火を扱える人間なら誰でも操作できるという点である[17]。20世紀になってもいくつかの機種が生産され続けたが、若干の瑣末な改良を除いてこの間のスターリングエンジンの進歩はほとんどなかった[18]

20世紀における復権

石油ランプを熱源とするホットエアー・エンジン・ファン

20世紀初め、スターリングエンジンは家庭用発動機として使われており[19]、アメリカでは石油ランプを熱源とするスターリングエンジンを動力とした扇風機(ホットエアー・エンジン・ファン)や石油ストーブの上部に取り付けて熱源としつつ温風を送るエアサーキュレーターが一時期普及していたが、電気扇風機の出現と電力網の発達で役目を終え[20]、発動機としても徐々に電動機や小型内燃機関に取って代わられつつあった。1930年代末には忘れられた存在となり、玩具や小型換気扇用に細々と製造されていただけだった[20]。そのころ、フィリップスラジオを拡販するため、電力網が届いておらず、電池も入手が難しい場所で使えるラジオを作れないか考えていた。フィリップス経営陣は携帯可能な小型発電機の開発を決め、アイントホーフェンの研究所の技術者らに実用化の検討を命じた。

各種動力源を体系的に比較し、静か(音も静かなうえ、電波ノイズ源となるスパークプラグがない)で様々な熱源(ランプ用オイルなど、安価でどこでも入手できるもの)を使えるということで、スターリングエンジンが選ばれた[21]。彼らはまた、蒸気機関や内燃機関とは異なり、スターリングエンジンは何年も改良されていないため、最新の素材とノウハウを応用すれば劇的に改良できると考えた[22]

フィリップス MP1002CA スターリング発電機(1951年

最初に製作した実験用エンジンは、口径とストロークは30mm×25mmで、エンジンとしての出力は16ワットだった[23]。これに気をよくして、フィリップスはさらに開発を進めた。第二次世界大戦中も開発は続き、1940年代末ごろType 10がフィリップスから子会社のJohan de Wittに渡され、発電機に組み込まれた。それが口径とストロークが55mm×27mmで出力200Wの MP1002CAである。フィリップス社では当初、製品であるMP1002CAの取り扱い説明書では空気機関と称している。1951年に生産開始となったが、価格面で同様のスペックの発電機に太刀打ちできないことが明らかで、しかも当初の目的だったラジオもトランジスタ化によって消費電力が電池で十分に事足りる程までにずっと低くなっていた。結局150台だけ生産され[24]、一部は世界各地の大学が購入し、学生にスターリングエンジンを教えるための教材となった。

フィリップスは様々な用途の実験用スターリングエンジンを1970年代末まで開発し続けた。しかし商業的に成功したのは「逆スターリングエンジン」を使った低温冷却器だけだった。しかし一連の開発で多数の特許を取得し、知識も蓄えた。フィリップスはこれを他社にライセンス供与し、それがその後の開発の基盤となった[25]

その後、オイルショックの時期や、1970年代に自動車の排ガス規制が強化された時期、さらにそれ以降も自動車用エンジンとして開発されたが、実用化はされなかった。20世紀末にかけて、いくつかの企業が中出力のプロトタイプを開発し、中には少量ながら販売されたものもあった。しかし、高価であることと、アクセルレスポンスが悪いなど未解決の技術的問題が存在することから、大量に出回ることはなかった。21世紀に入ってエコロジーの観点からコジェネレーション用として実用化の検討が始まっている[26]

小型のスターリングエンジン動作モデル

低出力エンジンの分野では、キットや組み立て済みのものも含めて様々なものが入手可能である。従来型の小型機種や実用に耐える大型機種以外に、1980年代には低温で動作する平板型が登場した。


  1. ^ Stirling Cycle Engine: "The Stirling Engine: A Wave of the Future" 1992 NASA
  2. ^ Stirling Engine description
  3. ^ James D. Van de Ven; Paul B. Gaffuri; Ben J. Mies; Greg Cole (2008). Developments Towards a Liquid Piston Stirling Engine (PDF). International Energy Conversion Engineering Conference. 2015年8月12日閲覧
  4. ^ 「潜水艦、音なしで長時間/三菱重 リチウムイオン電池搭載」『日本経済新聞』朝刊2018年10月5日(企業1面)2018年10月7日閲覧。
  5. ^ R. Sier 1999.
  6. ^ T. Finkelstein & A.J. Organ 2001, Chapter 2.2
  7. ^ 1816年の英国特許第4081号(UK 181604081 ) Improvements for diminishing the consumption of fuel and in particular an engine capable of being applied to the moving (of)machinery on a principle entirely new. C.M. Hargreaves 1991, Appendix Bに部分的に掲載されている。全文は (R. Sier 1995)にある。
  8. ^ R. Sier 1995, p. 93.
  9. ^ A.J. Organ 2008a.
  10. ^ ジェームズ・スターリングが1845年6月に英国土木学会に送った論文にそのような一節がある。(R. Sier 1995, p. 92)に掲載されている。
  11. ^ A. Nesmith 1985.
  12. ^ R. Chuse & B. Carson 1992, Chapter 1
  13. ^ R. Sier 1995, p. 94.
  14. ^ T. Finkelstein & A.J. Organ 2001, p. 30.
  15. ^ Hartford Steam Boiler (a). “Hartford Steam Boiler: Steam Power and the Industrial Revolution”. Hartford Steam Boiler. 2009年1月18日閲覧。
  16. ^ T. Finkelstein & A.J. Organ 2001, Chapter 2.4
  17. ^ 1906年のRider-Ericsson Engine Co.のカタログによれば、「このエンジンは庭師でも召使でも操作でき、免許や経験のある技術者は不要」とある。
  18. ^ T. Finkelstein & A.J. Organ 2001, p. 64.
  19. ^ T. Finkelstein & A.J. Organ 2001, p. 34.
  20. ^ a b T. Finkelstein & A.J. Organ 2001, p. 55.
  21. ^ C.M. Hargreaves 1991, pp. 28–30.
  22. ^ Philips Technical Review 9 (4): 97. (1947). 
  23. ^ C.M. Hargreaves 1991, Fig. 3
  24. ^ C.M. Hargreaves 1991, p. 61.
  25. ^ C.M. Hargreaves 1991, p. 77.
  26. ^ 高性能スターリングエンジン 海上技術安全研究所
  27. ^ セメント運搬船「鶴洋丸」に排気ガスから発電する排熱回収システムを搭載-海上技術安全研究所






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