アリストテレス 著作

アリストテレス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/18 14:31 UTC 版)

著作

アリストテレスは、紀元前4世紀に、アテナイに創建された学園「リュケイオン」での教育用のテキストと、専門家向けの論文の二種類の著作を著したとされているが、前者はいずれも散逸したため、今日伝承されているアリストテレスの著作はいずれも後者の専門家向けに著述した論文である。

現在の『アリストテレス全集』は、ロドス島出身の学者であり逍遥学派(ペリパトス派)の第11代学頭でもあったアンドロニコスが紀元前1世紀にローマで編纂した遺稿が原型となっている。ただし、プラトンの場合と同じく、この中にも(逍遙学派(ペリパトス派)の後輩達の作や、後世の創作といった)アリストテレスの手によらない偽書がいくつか混ざっている。

ルネサンス期に至り、15-16世紀頃から印刷術・印刷業が確立・発達するに伴い、アリストテレスの著作も様々な印刷工房から出版され、一般に普及するようになった。

現在は、1831年に出版された、ドイツの文献学者イマヌエル・ベッカー校訂、プロイセン王立アカデミー刊行による『アリストテレス全集』、通称「ベッカー版」が、標準的な底本となっている。これは各ページが左右二段組み(二分割)になっているギリシャ語原文の書籍である。現在でも、アリストテレス著作の訳文には、「984a1」といった数字とアルファベットが付記されることが多いが、これは「ベッカー版」のページ数・左右欄区別(左欄はa、右欄はb)・行数を表している。

なお、現在『アリストテレス全集』に含まれている作品の内、『アテナイ人の国制』だけは、1890年エジプトで発見され、大英博物館に引き取られたパピルス写本から復元されたものであり、「ベッカー版」には含まれておらず、その後に追加されたものである。

テキストの伝来について

[14] 3世紀のディオゲネス・ラエルティオスの『哲学者列伝』ではアリストテレスの著作143書名を挙げ、その中に『正義について』『詩人について』『哲学について』『政治家について』『グリュロス(弁論術について)』『ネリントス』『ソフィスト』『メネクセノス』『エロースについて』『饗宴』など、おそらくプラトンの対話編に倣って書かれた公開的著作が存在していた。それらは現在では殆ど失われ、部分的に他の著作者の引用などで断片が知られるのみである。

また『哲学者列伝』では現代まで伝わっている『形而上学』や『トピカ』などの主著を欠いているが、5・6世紀頃とされる伝ヘシュキオス英語版の『オノマトロゴイ』ではそれらを含めた拡充された著作リストを挙げている。この事実はディオゲネスに知られた著作群の系統と、他の伝来系統が存在していることを示唆しており、『オノマトロゴイ』の時代にはそれらが一つとして統合されていたことが考えられる。

ストラボンの『ゲオグラピカ』の伝えるところによれば、アリストテレスは自分の集めた文庫(ビブリオテーケー)をテオプラストスに譲り、テオプラストスはコリスコスの子のネレウスに譲った。ネレウスは小アジアのスケプシス(現トルコ領クルシュンル・テペ)に持ち帰り、彼は後継者たちに譲ったが、後継者たちは学問に通じておらず文庫を封印したままにして手を着けることがなかった。ペルガモンアッタロス朝の王たちが自分たちの文庫のために書籍を収集していることを知り、奪われることを恐れた人たちはそれを地下倉に隠し、その破損が進んでしまった。その後に、前1世紀のアテナイの富豪・書籍の収集家であったアペリコン英語版にそれらを売却した。アペリコンはそれを何とか修復して公にしたが、十分な出来とは言えずペリパトス派の哲学者たちはまともに勉強もできない状況であった。アペリコンの死後、ローマのスッラがアテナイを占領し、アペリコンの文庫をローマへと持ち帰り、それを専門家のテュラニオン英語版に委ねた。

プルタルコスの『対比列伝・スッラ伝』ではその続きの顛末が記されている。文庫にはアリストテレスとテオプラトスの書物の大部分が含まれていたが、テュラニオンがその大部分を整理した。そしてロドスのアンドロニコスがそれを転写することを許され、公にし今に行われている著作目録の形にでまとめ上げた。ここにおいてようやくペリパトス派の哲学者たちもアリストテレスやテオプラストスの著作を精確に知ることが出来るようになり、それ以前の同派の哲学者たちはその機会がなかった。

アンドロニコスは転写した資料を内容に応じて分類し、独自に配列してこれを公刊した。この形式が中世においてアリストテレス全集の方式においても受け継がれている。ピロポノスは『自然学註解』において、シドンのポエトスは自然学から学問を始めるべきだと主張したが、彼の師であるアンドロニコスは論理学をもって始めるべきだとしたと伝えている。現在のアリストテレス全集の形式において、論理学諸書(オルガノン)が劈頭に置かれるのはアンドロニコスに由来するということを考えることができる。

公開的著作・対話篇

アリストテレス自身が多数の人に見せることを想定して公開した著作が多数あった。殆どが散逸してしまったが、後世に伝わっている引用や証言などの断片から、ある程度内容を知ることが出来るものもある。[14][15][16]

  • 『エウデモス』または『魂について』 プラトンの『パイドン』にならって書かれた対話篇である。エウデモスはアリストテレスのアカデメイアでの学友であり、彼はディオンシュライクサイでの戦争に参加して戦死した。アリストテレスは彼を記念して“エウデモス”の名を冠した著作を書き、霊魂の不滅を論じた。エウデモス没後(前357年)まもなく書かれたものと推測され、アリストテレスの著作で制作年代を唯一確定できるものである。
  • 哲学のすすめ』 原題“プロトレプティコス”は「勧奨」を意味する。イアンブリコスの同名の書に大部分が引用されているので、ほぼ全編を再構成することができる。一説によれば、当時アテナイにはプラトンのアカデメイアの他にイソクラテスの弁論術の学校があったが、イソクラテスはアカデメイアを批判して『アンティドシス英語版』を公表した。『哲学のすすめ』はそれに対する反論とも言われている。
  • 『哲学について』 後に『自然学』や『形而上学』Λ巻で述べられているような世界の構成および絶対者についての議論が行われている。知恵(ソフィア)の意味の変遷史、霊魂と自然世界から神を探求する二つの方法、アイテール界において円運動を行い、純粋知の純粋認識を行う天体的・知性的存在である神々について、最後にアイテールが魂、知性の素材となる第五元素であることについて、四つの論点を述べる。
  • 『グリュロス』 クセノポンの子グリュロスの為に書かれた弁論術に関する対話篇。著作の最も初期に属する。
  • 『詩人について』 詩人についての伝記や逸話を収録したものと考えられる。『詩学』においても言及されている。
  • 『饗宴』 あるいは「酩酊について」。プラトンの『饗宴』と同名だが内容は宴席での振る舞いなどについて語っている。
  • 『王であることについて』 『アレクサンドロス』と同じくマケドニア王国で王子の教師として招聘された後に、アレクサンドロスのために書かれたもの。
  • 『アレクサンドロス、あるいは植民者について』
  • 『ソフィスト』
  • 『ネリントス』
  • 『恋愛論』
  • 『富について』
  • 『祈りについて』
  • 『生まれのよさについて』
  • 『快楽について』
  • 『教育について』
  • 『政治家』
  • 『正義について』

論理学

自然学

生物・動物学

形而上学

倫理学

政治学

レトリックと詩学

偽書

ほとんどはペリパトス派逍遙学派)の後輩たちの手による著作である。


注釈

  1. ^ 古代ギリシア語ラテン翻字: Aristotélēs
  2. ^ 古代ギリシア語: φιλοσοφία

出典

  1. ^ "アリストテレス". 日本大百科全書(ニッポニカ). コトバンクより2022年3月14日閲覧
  2. ^ 「哲学者群像101」p36 木田元編 新書館 2003年5月5日初版発行
  3. ^ a b c 立花隆『脳を究める』(2001年3月1日 朝日文庫
  4. ^ Behind the Name: Meaning, Origin and History of the Name Aristotle”. behindthename.com. 2011年6月20日閲覧。
  5. ^ 山本光雄 『ギリシア・ローマ哲学者物語』 講談社〈講談社学術文庫〉、2003年、154頁。ISBN 9784061596184
  6. ^ 中畑正志「プラトンとアリストテレス」(『哲学の歴史 第1巻 哲学誕生 〔古代I〕』中央公論社、2008年、p641)
  7. ^ G・W・F・ヘーゲル『哲学史講義Ⅱ』河出文庫、2016年、P.329頁。 
  8. ^ 『数学と理科の法則・定理集』アントレックス、2009年、150、151頁。
  9. ^ 世界の見方の転換1 天文学の復興と天地学の提唱. みすず書房. (2014) 
  10. ^ a b 堤之智. (2018). 気象学と気象予報の発達史. 丸善出版. ISBN 978-4-621-30335-1. OCLC 1061226259. https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b302957.html 
  11. ^ a b c d e 世界の見方の転換3 世界の一元化と天文学の改革. みすず書房. (2014) 
  12. ^ 河井徳治 2011, p. 1.
  13. ^ a b 河井徳治 2011, p. 2.
  14. ^ a b 世界の名著8『アリストテレス』. 中央公論社. (1979) 
  15. ^ 世界古典文学全集16アリストテレス. 筑摩書房. (1966/08) 
  16. ^ Aristoteles.; アリストテレス. (2018). Chosaku danpenshū : 2. Uchiyama, Katsutoshi., Kanzaki, Shigeru., Nakahata, Masashi., Kunikata, Eiji., 内山勝利., 神崎繁.. Tōkyō: Iwanamishoten. ISBN 978-4-00-092790-1. OCLC 1078647540. https://www.worldcat.org/oclc/1078647540 
  17. ^ 「キリスト教の歴史」p75 小田垣雅也 講談社学術文庫 1995年5月10日第1刷
  18. ^ アンナ・コムニニ(アンナ・コムネナ) 著、相野洋三 訳『アレクシアス』悠書館、2019年。 p1
  19. ^ 井上浩一『歴史学の慰め アンナ・コムネナの生涯と作品』白水社、2020年。 p137
  20. ^ 「医学の歴史」p140 梶田昭 講談社 2003年9月10日第1刷
  21. ^ 「キリスト教の歴史」p102 小田垣雅也 講談社学術文庫 1995年5月10日第1刷
  22. ^ ルイス・ハンケ 『アリストテレスとアメリカ・インディアン』佐々木昭夫訳、岩波書店岩波新書〉、1974年。
  23. ^ フランツ・ブレンターノ『経験的立場からの心理学』(Psychologie vom empirischen Standpunkt.)
  24. ^ 「ところで、ウニの口は始めと終りは連続的であるが、外見は連続的でなく、まわりに皮の張ってない提灯に似ている」(アリストテレース動物誌』 上、島崎三郎訳、岩波書店〈岩波文庫 青604-10〉、1998年12月16日、p. 174頁。ISBN 4-00-386011-Xhttp://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/38/X/3860110.html 
  25. ^ 藤代幸一アリストテレスの笑い 美女に馬乗られた哲学者』創造社、1972年https://dl.ndl.go.jp/pid/12218052 NDLJP:12218052






アリストテレスと同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「アリストテレス」の関連用語

アリストテレスのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



アリストテレスのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのアリストテレス (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS