TTNet時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/04 14:34 UTC 版)
前身は1986年設立の東京通信ネットワーク株式会社(Tokyo Telecommunication Network Co., Inc. 通称: TTNet)。設立当初は東京電力・三井物産・三菱商事・日産自動車の4社が大株主だった(ただし、正確には日産自動車の資本参加は1987年の第二次増資から)。その後日産自動車が経営危機に陥ったため、1999年に住友商事が日産自動車の持株分を買い取り大株主となった。 設立当初は企業向けの専用線サービスや東京電力の関連会社向けの直収電話サービスを手がけていたが、1998年1月に「市内通話3分9円」(※当時の通話料金は10円が課金の下限であった)が売り文句の中継電話『東京電話』を開始し、本格的に一般家庭向けのサービスに進出。その後インターネットサービスプロバイダとして『東京電話インターネット』を展開するなど業容を拡大した。当時は『寺内貫太郎一家』の主要キャスト(小林亜星、加藤治子、西城秀樹、浅田美代子、樹木希林等)が演じるCMがシリーズ化しており、東京電話インターネットのCMでは、西城がヒット曲の『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』の替え歌を披露していた。 またこの頃、当時の国際電信電話(KDD)との合併が水面下で検討されており、実際に合併を前提としてKDDから数十人規模の社員がTTNetに出向したこともあったが、結局KDDは日本高速通信の吸収合併を経て、2000年に第二電電・日本移動通信(トヨタ自動車と電力会社が株主)と合併することとなったため、TTNetとの合併話は立ち消えとなった(出向した社員の大半はそのままTTNetに転籍した)。 1999年3月には、主要株主が共通で当時経営不振に陥っていたPHS事業者のアステル東京を、同社の大株主であった日本テレコム(当時JR系)が出資より撤退した事によって持株分を譲受し、4月1日付で吸収合併(事実上の救済合併)した。これにより、従来のアステル東京はNTT公衆回線を利用していたが、段階的に自社(TTNet)網へ移行し、苦しい経営環境の中でインフラコストの低減に成功した。
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