CIA設立における役割
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/07 09:02 UTC 版)
「ウィリアム・ドノバン」の記事における「CIA設立における役割」の解説
ドノバンは公的な立場からはCIAの設立に何ら関与していないが、実際には親交の深かった元部下のアレン・ダレスらを通じて設立に向けて働きかけを行なっていた。第二次世界大戦中にOSSという巨大な諜報機関を率いていたドノバンの意見は、新たな対立関係が生まれようとしていた戦後世界で非常に大きな影響をおよぼした。彼は再び発言力を持ち始めたが、諜報機関の統一というアイデアに対しては依然として陸軍省および海軍省、そしてフーバーのFBIからの激しい反対が起こっていた。この頃、トルーマンは諸外国における諜報機関の充実などを受けて対策の必要性を感じ始めており、ドノバンは期待に応えうる権限を持つ新組織の設置を主張した。トルーマン自身はあまりこの意見に興味を示さなかったものの、最終的にはドノバンの意見が受け入れられ、1947年国家安全保障法(National Security Act of 1947)と1949年中央情報局法(Central Intelligence Agency Act of 1949)の制定に繋がったのである。1946年、トルーマンは組織の設置に先立って、シドニー・ソワーズ(英語版)海軍予備役少将をCIA長官に任命したが、まもなく強い発言権が認められていたホイト・ヴァンデンバーグ空軍大将と交代している。1947年には正式にCIAの設置と権限を定めている国家安全保障法が成立し、これと共にロスコー・H・ヒレンケッター(英語版)海軍少将が公的な初代CIA長官に任命される。
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