2016年新潟県知事選
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任期満了に伴う2016年新潟県知事選挙(9月29日告示、10月16日投開票)では、現職の泉田裕彦が8月30日に4選出馬を撤回した後、民進党新潟県連が9月13日に緊急対策会議を開き、時間的制約から独自候補の擁立を断念するとともに、すでに出馬表明していた前長岡市長の森民夫(自公推薦)を推薦しない方針を決定した。一方、連合新潟は14日に森の推薦を決定し、民進党県連と対応が割れた。 民進党県連が17日の常任幹事会で知事選への対応を決定するに際し、新潟国際情報大学教授で「市民連合@新潟」共同代表の佐々木寛などが共同代表を務める市民団体「新潟に新しいリーダーを誕生させる市民の会」が、共産党・生活の党・社民党の3党との共同提案として、旧維新の党出身で民進党次期衆院選公認候補予定者の米山隆一を野党統一候補として擁立するよう民進党県連に要請したが、了承されず、民進党県連は自主投票とする方針を決定した。3党の県連代表らは20日に記者会見を開き、出席した生活の党県連代表の森裕子は新たに新社会党・緑の党とも連携して改めて米山の擁立を目指す考えを示した。米山は当初難色を示していたが、23日に離党届を提出し、柏崎刈羽原発の再稼働に慎重な泉田県政の継承を掲げて出馬表明した。出馬会見には、共産党・生活の党・社民党・新社会党・緑の党・市民連合@新潟などでつくる「新潟に新しいリーダーを誕生させる会」のメンバーらが擁立者として同席した。自主投票の方針を決定した民進党も、実際には代表の蓮舫をはじめ多数の所属議員が米山の応援に入った。 選挙の結果、52万8455票を獲得した米山が、46万5044票の森など3人の候補者を下して初当選を果たした。野党共闘は成功体験を得ることとなり、「新潟ショック」とも呼ばれた。一方、この選挙戦を共産党が主導となって戦ったことが影響し、民進党は支持団体の連合との関係が悪化したため、県連代表の黒岩宇洋が引責辞任の意向を表明し、後任に県連代表代行の鷲尾英一郎が就任することとなった。
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