1997年度後期〜2001年度後期(松原時代)
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1997年9月、杉尾が降板しリニューアル。後任は、TBS報道局社会部→経済部記者の松原耕二が担当。 1997年度後期・1999年度後期の沿革 1997年9月29日 - 松原就任と同時に、タイトルロゴ及びセット、オープニング映像、テーマ曲を一新。 1997年10月5日 - 日曜日の天気キャスターに森朗が就任。 1999年3月26日 - 福島が降板。イチローと結婚する為、TBSを退社。 1999年3月29日 - スポーツコーナーを月~火曜日を小倉弘子、水~金曜日を木村郁美がそれぞれ担当。交代制となるのは今回が初。 1999年9月21日 - 小倉が降板。小倉は『筑紫哲也 NEWS23』担当になった。 1999年9月24日 - 門脇が退任。門脇はBS-i設立に参加。 1999年度後期・2000年度の沿革 1999年9月27日 - 門脇の後任に、当時TBSアナウンサーの進藤晶子が登板。スポーツコーナーは月・水・金を新タ悦男が務め、木村は火・木担当となった。 2000年2月24日 - 木村が降板。木村は『エクスプレス』担当になった。 2000年2月28日 - スポーツコーナーは新タは月~水担当となり、木・金は当時新人だった豊田綾乃に交代。 2000年4月3日 - 平日版の放送時間が1分前拡大され17:54開始に繰り上がると共に、18:00の飛び乗り点が廃止され全国一律で17:54開始となった。同時にセット、オープニング映像、テーマ曲を一新。また、ネットスポンサーが消滅して全編ローカルセールス枠となる。 2000年9月27日 - 新タが降板。新タは『BS-iスポーツニュース』担当になった。 2000年10月2日 - スポーツコーナーは月・火を海保知里、豊田は水~金担当となった。 2001年3月1日 - 初代女性メインキャスター・久和ひとみが急性肝不全の為死去(享年40歳)。当日の放送で訃報が告げられた。 2001年3月27日 - 海保が降板。海保はTBSラジオの『小堺一機のサタデーウィズ』に専念。 2001年3月30日 - 進藤が降板。進藤は半年間の休暇の後、9月にTBSを退社。 2001年度前期の沿革 2001年4月2日 - 進藤の後任に、小川知子が登板。またスポーツコーナーは豊田が全曜日担当となる。 2001年9月28日 - 松原が退任。松原は杉尾と入れ違いで同番組の編集長に就任。 2001年9月30日 - 岩井が降板。平日版のフィールドキャスターに転身。
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