1945年から1969年:成長と多様化
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1949年、シスはK-23エンジンを搭載した大型トラック製造に戻っている。1950年、ネスリングとイギリスのトラックメーカーであるレイランド・モーターズのマネージャーであったドナルド・ストークスとの親しい間柄からレイランドとのパートナーシップを締結。パートナーシップの一環として、シスはフィンランド国内のレイランド正規代理店となっている。 1950年代、ユネスコの世界遺産に登録されているコロンビアのコーヒー農園産業はフィンランドにとって重要な市場であった。フィンランドとコロンビアは1959年に二国間貿易協定に署名し、コーヒー豆輸入の対価としてシスのトラックで支払われている。1968年に多国間取引に変更されるまで続き「Banco Cafetero」を介して処理されている。コロンビアは、シスの最も重要な輸出先へと成長している。シスはレイランドと共同でメデジンでの現地生産を開始する計画を立案したが、財政的リスクを回避する理由から中止されている。1970年代初頭、アンデス共同体は独自で大型トラックの製造を開始することを決定し、約1,200台の販売記録を残し取引は終了した。 1968年、ウュフテイシスはシスと合併。合併に伴い製造施設をカリスに統合。軍用車両の製造工場はハメーンリンナに移設されている。
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